西宮の「蝶々夫人」 ~ "満員御礼"を寿ぐ
2006/7/15

30℃は優に超える真夏の午後2時、どちらかと言えばプールにでも行きたいところだが、向かったのは西宮の兵庫県立芸術文化センター、芸術監督プロデュースオペラと称する「蝶々夫人」の初日。

関西では異例の追加公演2日を含む全8公演、平日も14時スタートなのにチケットはずいぶん売れているよう、結構なことだ。劇団四季みたいにJRもいっちょかみしているようで、電車の吊り広告で発売日を知り、みどりの窓口(ここは最安席の穴場)でチケットを購入した私。

会場は女性客が7割は占めていたかと思う。同じ阪急今津線沿線、20分の距離にある歌劇場(宝塚大劇場)と客層がかぶっているかも。会場ではTシャツやトートバッグ、扇子など、さかんに公演グッズの販売をしている。

プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」
 浜田理恵(蝶々さん)
 坂本朱(スズキ)
 アレッサンドロ・リベラトーレ(ピンカートン)
 デヴィッド・オーカーランド(シャープレス)
 佐渡裕(指揮・芸術監督)
 兵庫芸術文化センター管弦楽団
 栗山昌良(演出)

演出はオーソドックスなもので、ヘンな読み替えなどはなく、ごく普通。回り舞台に蝶々さんの家が載せられ、内外を適宜転換して見せる趣向になっている。ただ、これにはいささか問題もあった。

第2幕第1場の終わり、ピンカートンとの再会を待ち、夜明かしする蝶々さん、美しいハミングコーラスとともに舞台が半回転し外側から三人のシルエットを見せるのはとても効果的なのだが、舞台機構が発するノイズが耳障りで、夜の静逸な雰囲気がぶち壊しになってしまう。新しい劇場で、設備に問題があるとは思えないので、あまり使わないことから来る整備不良だろうか。回転機構に油をさすか、KURE551でも一吹きすればいいと思うんだけど。あっ、違った、556、551は蓬莱のぶたまんだ。

この場面では他にも問題があって、昼から夜への推移を短時間に凝縮しているのだが、照明の変化がぎこちない。色彩、光量のコントロールが素人っぽくて、「突然ですが、"夜"」ってな感じ。

それから、第2場にすぐに続けるんじゃなくて、いったん幕を降ろすことは問題ないとしても、これもタイミングが間違っている。音楽が終わってから降ろせばいいこと。幕が降りだすと条件反射的に拍手が起きてしまうから、ここの音楽が台無しになってしまう。とても残念。

ただ、上記の問題は、いずれも簡単に修正可能なことだと思うので、もし関係者の方がこれをお読みになっておれば、すぐにでも対処いただきたいと思う。何しろ8公演だし、私は千秋楽(別キャスト)のチケットも持っているので。

さて、肝心の音楽、総じて言えば、予想したよりも良かったというところ。

タイトルロールの浜田理恵さんは好きな歌手、これまでびわ湖ホールでのヴェルディではエリザベッタ・ディ・ヴァロアやジョヴァンナ・ダルコなどを聴いていて、とても印象がいいので期待していた。この公演でも第1キャストなので当然の評価だろう。

登場の舞台裏からの第一声が、私の4階バルコニーの位置が悪すぎで、声が通ってこなかったのが不満だったが、舞台上に現れてからは不満解消。第1幕の出来はこの人の実力からすると、いまひとつの感もあったが、それは相手役ピンカートンのアレッサンドロ・リベラトーレの力不足によるところもあるかも。この幕の後半は、とても長いデュエットで、二人の気持ちが徐々に高まり最後に頂点に達する大きな流れがあるのだが、そこが充分に表出されたとは思えない。ピットで支える指揮者とオーケストラ、舞台上のソプラノとテノール、この共同作業が奏功したとは言い難い幕切れで、オーケストラの総奏が空しく響く。うまくいくと、思考停止に至る陶酔感が味わえるイタリアオペラならではの場面なんだが…

第2幕、ここでは浜田さんの本領が遺憾なく発揮されたと思う。声もずいぶん出るようになったし、思わず目頭が熱くなってしまうシャープレスとの対話も、デヴィッド・オーカーランドの歌が安定していて、しっかりとドラマを創り出していたので満足。もちろん有名なアリアも見事な出来だったし、幕切れのフルオーケストラに負けない、決して叫び声にはならない強い声には驚いてしまった。

坂本朱さんがスズキ役ではもったいない感もありますが、それはそれで、このクラスの人が歌うと舞台が締まる。ピンカートンには不満が残ったが、第2幕では脇の人物に過ぎないので、終わりよければという感じ。

関西でいちばん新しい兵庫芸術文化センター管弦楽団、このオーケストラを初めて聴いた。上からピットを覗くと、みんな若いし、国籍も多様、出来たばかりなので、オーケストラの音はこれから練り上げる段階か。個々の奏者には上手い人もいるようだが、全体としてはムラがある。音楽の流れでみても、おっと思ういいところと、もうちょっと何とかというところが交錯している。オペラのバックを務めるオーケストラとしては、もっと歌を支えてやってほしい。優れた歌劇場オーケストラだと感じられる舞台上との呼応、相互のインスパイアといった次元には至らない。オーケストラは目の前の楽譜を弾くだけということろが散見される。指揮者の能力の問題もあるかも知れない。私は佐渡裕という人をあまり買ってはいないのだが、興行的には大成功となりそうな今回の公演、若い指揮者とオーケストラが8回の演奏を通じて進化することを期待して、楽日にも足を運ぶ予定。

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