西宮の「蝶々夫人」 ~ 見事な千秋楽!
2006/7/23

驚きの「蝶々夫人」だった。初日に観て、大相撲名古屋場所と同じく、今日が千秋楽。9日間に8公演という関西では異例のロングラン、途中のことは判らないが、私の観た両日は見事に満席。そして、大岩千穂さんの圧倒的な勝利で終わった。

第二幕の熱の入り方は尋常ではなかった。最終場面での我が子との別れ、その前半部分が終わったとき、息子をアメリカへ送り出す手向けの言葉の前の何小節かのポーズ、そこで客席から拍手が起きました。内外で何度もこのオペラを観ているが、ここでの拍手など前代未聞のこと、あまりの見事なタイミングに呆気にとられてしまった。実に自然で、ここで拍手出来る人はほんとうに粋人、まさに人形浄瑠璃の呼吸だ。これは、関西でしかあり得ないことかも…

声楽的な完成度では、浜田理恵さんのほうに分があるかも知れない。いや、しかし、今日の大岩さんの歌には心を揺さぶるものがあった。声の響きや音楽の流れを犠牲にする寸前まで、言葉の意味や明晰さを重視したのではないかという感じ、イタリア語なのに、まるで母国語、日本語で歌っているように言葉に心がこもっている。これは稀有なこと。だから、客席のああいう反応になったのではないかと。終演後は、こちらでは珍しいスタンディング・オベーションが続いた。

蝶々さん:大岩千穂
 ピンカートン:ジョン・マッツ
 シャープレス:キュウ=ウォン・ハン
 スズキ:小山由美
 ゴロー:松浦健
 ボンゾ:菅野宏昭
 ヤマドリ:池田直樹
 ケイト・ピンカートン:佐々木弐奈
 神官:花月真
 合唱:ひょうごプロデュースオペラ合唱団
 管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団
 芸術監督・指揮:佐渡裕
 演出:栗山昌良
 美術:石黒紀夫
 照明:沢田祐二
 衣裳:緒方規矩子

佐渡裕という人も見直した。オーケストラがこの公演を通じて格段の進化を遂げている。表面的に鳴っている音だけなら、初日と大差ないと思うが、楽日では完全に舞台と一体になっている。過不足がない。ピットのプレイヤーが舞台上の歌い手たちと、一緒に呼吸しているのがはっきりと判る。間の取り方という表現は一般的、抽象的に過ぎるが、他によい言い方が思いつかない。オペラをオペラたらしめるのはそれ、聴衆を感動に導くのはそれだから。若い人たちの吸収力の凄さを感じる。

ピンカートンを歌ったジョン・マッツが、これはびっくりの出来だったということも、公演の成功に大いに貢献している。第一幕の登場の場面から、伸びのある明るい声で聴かせる。これは、いい。幕切れの二重唱でも貢献大。ここでは第二幕ほどのレベルではなかった大岩さんを引っぱっていく。オペラグラスで覗くと、彼女は薄物の胸元が汗びっしょり(どこ、見とるんや)。ここで一汗かいたことが、第二幕の凄絶な歌唱に繋がったのかも。

キャストは初日とは全く違う。スズキ以下、脇役はこちらの組のほうが勝っている。それも大きな成功要因。プッチーニでは、これらの脇役が発する声、歌うフレーズでドラマの転回がなされることが多いから、出番の多寡に関係なく、とても重要だ。スズキの小山由美さん、ゴローの松浦健さんは見事。

このオペラ、昔は国辱ものという感じで好きじゃなかったのに、観る回数を重ねるごとに好きになってくる。水際だったプッチーニのドラマづくりの冴えを感じて、舌を巻くところや新しい発見がいつもある。第一幕の蝶々夫人の登場の場面、ピンカートンの「…アメリカの女性と本当の結婚をするために」のsposa americanaの言葉と、蝶々さんの登場の音楽が重なっているんだ。ここでもう、悲劇の結末が音楽でも予告されている。これは、今まで何気なしに聴き過ごしていて、気づくことがなかったところだ。

これだけの成功を収めた兵庫芸術文化センターのプロデュースオペラ、次の企画もとても楽しみだ。

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