フィレンツェ歌劇場「ファルスタッフ」 ~ 「フォード夫人、アリーチェ」
2006/9/11

満を持してエコノミー席発売日にキーボードを叩く、一発ゲット出来たのは初めてではないかしら。かくして、夏休みの残りは、東京で過ごすことに。前日の「ドン・カルロ」とあわせて、ヴェルディの傑作で秋のシーズン開幕。

前日はもらえなかった会場前でのチラシ袋、さすが東京、シーズン突入でずっしりと重いこと。大阪のともだちへの土産にもう一袋もらったので、こりゃたまらん。

ヴェルディ 歌劇「ファルスタッフ」
 東京文化会館
 ルッジェーロ・ライモンディ(ファルスタッフ)
 マニュエル・ランツァ(フォード)
 バルバラ・フリットリ(アリーチェ)
 ダニール・シュトーダ(フェントン)
 ステファニア・ボンファデッリ(ナンネッタ)
 ラウラ・ポルヴェレッリ(メグ)
 エレナ・ジーリョ(クイックリー夫人)
 カルロ・ボージ(医師カイウス)
 ジャンルーカ・フローリス(バルドルフォ)
 ルイジ・ローニ(ピストーラ)
 指揮:ズービン・メータ
 フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団・合唱団
 演出:ルカ・ロンコーニ

この春、東京でのヴェルディ「レクイエム」は凄絶な歌唱だったとの評判を聞くまでもなく、とにかく私のお目当てはフリットリ。たっぷり歌を聴くには「ファルスタッフ」じゃ物足りない気がしていたが、なんのなんの、歌唱の完璧さと舞台上の存在感、第一幕で不調だったタイトル・ロールを押しのけて、このオペラは「フォード夫人、アリーチェ」と呼んでも過言でない。

フリットリが登場すると舞台が締まる。そして、共演者を触発する。第一幕第二場以降は、グンと水準が上がったことが5階バルコニーの端っこでも判る。こういうのが真の名歌手なんだろう。アンサンブルの中での歌、短いソロ、どんな場面でも決して崩れることのないフォーム、だからといって硬いわけでもなく、柔軟さを併せ持つ表現力、"格調高い"という言い方はこのような事象にこそ相応しい。

ファルスタッフ役のライモンディ、第一幕第一場では声が濁り気味で、力みがちで逆に声が出ない。あれれ。脇役のピストーラやバルドルフォのほうが目立ってしまって、登場人物の声のバランスが崩れてしまっていた。前途多難を思わせる幕開けだったが、幸いなことに、薄暗いガーター亭から目にも鮮やかな芝生の第二場に移って、声楽面でも霧が晴れたようだ。

ロンコーニの演出、とても綺麗だ。舞台は二段になっており、少し奥に2mぐらいの段差で主舞台という造り。ガーター亭の場面では主舞台に居室、前景に階段と酒樽という配置、他の場面でも上下二段の基本構造を使っている。

例えば、第一幕第二場での9重唱では上段に男声、下段に女声という配置で歌わせる。歌手にとっては歌いにくいかも知れないが、男たちと女たちの話す内容や話し方を踏まえた対比が見事。非常にヴェルディの音楽をよく読んだ演出かと思う。

第二幕第一場でのファルスタッフとフォードの場面、札束が入った鞄を受け取ったファルスタッフが、鞄を振って中身を確かめてみる。ト書きにあるのかどうか知らないが、オーケストラでそれを描写する音楽が鳴っているのを初めて知った。同じ場面で、逢い引きに向かうためにファルスタッフが着替に退く際に、忘れた鞄を取りに戻るシーン、ここでもオーケストラがそれを表現している。着替(派手な格好だが不思議に似合う)も終わり二人そろって舞台前面の階段を下る。「どうぞお先に」、「どうぞ、お先に」、「では、ご一緒に」となるところ、階段の幅が途中から二人分のスペースで造られている。なかなか細かい。

色彩の豊かさも特筆もの。くすんだ色調の場面と、光の溢れる場面の対比、それぞれの舞台の色調と見事に調和した人物たちの衣装、さすが、イタリアのセンスだ。それと、人物の小道具として鞄が目をひく。スポンサーの一つにフェラガモの名前があるので、そのせいだったりして。

ずっと二段構造だった舞台が、最終場面の森のシーンに移る際に、ガーター亭が左右に分離し、ファルスタッフのベッドを残したまま転換する。伝統的、正統的と言ってもいい演出がここでちょっとした冒険をしている。終幕はファルスタッフの夢の中の出来事という見立てだろうか。何とも言えない。

さて、音楽に戻り、ファルスタッフ、アリーチェ以外では、ランツァのフォードはちょっと剛直過ぎるような歌だったが、悪くはない。 シュトーダのフェントン、ボンファデッリのナンネッタのコンビは、可もなく不可もなくというところ。もっと瑞々しい歌を求めたい気がする。何度も聴いているボンファデッリは姿はともかく、この役には不適、すうーっと伸びる高音がなくなってしまっては。

メグ、クイックリー夫人、バルドルフォ、ピストーラという脇役陣は揃っている。「ファルスタッフ」は、主役だけでは成り立たないオペラだから。

名うてのオペラゴーアー達には評判が極めて悪いメータだが、いや、そんなに悪くなかった。ときに大雑把なフォルテを連発して、いつもの調子が出ることもあったが、顰蹙というほどでもない。オーケストラが終始しっかりとヴェルデイの音、イタリアの音を出し続けてくれたおかげで、満足できる水準がキープされたと思う。これまでに聴いたフィレンツェのオーケストラでは出色の出来。

余談ながら、ライモンディはスカルピアのときもそうでしたが、悪役を演じて男の色気を感じさせる人だ。最近流行のちょいワルオヤジみたいなファルスタッフだ。洗濯カゴの中に入れられても、手を伸ばしておさわり、大団円の後でもアリーチェにちょっかいだから。
 これも、老境ヴェルディの自画像か。晩年の恋人テレーザ・シュトルツとは22か23の歳の差があったはず。いくつになっても、男というものは…

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