ヘンデル「デイダミア」(日本初演) ~ 脱帽!タンスにゴン!
2006/9/16

東京でヴェルディの最後のオペラを観た週に、今度はヘンデル最後のオペラ、これは本邦初演、「デイダミア」。一昨年(「フラーヴィオ」)、昨年(「アルチーナ」)に続いて、三つ目のヘンデル日本初演になる。つまり、毎年、滋賀でヴェルディの初演、兵庫でヘンデルの初演を聴いていることに。

VOC音楽会
 ヘンデル:歌劇「デイダミア」
 伊丹アイフォニックホール
 デイダミア:谷村由美子
 ネレア:田中希美
 アキッレ:福嶋千夏
 ウリッセ:永木るり子
 フェニーチェ:西尾岳史
 リコメーデ:森孝裕
 バロックアンサンブルVOC
 指揮・演出:大森地塩

「フラーヴィオ」のときは思いの外の素晴らしさに驚き、「アルチーナ」では、期待が大きすぎて少し失望が混じった後だったから、今回の「デイダミア」がどんな風になるのか、ちょっと心配なところもあった。歌い手は昨年の人たちから一変、私の知る名前はひとつもない。ところが…

ちょっとこれは、どういうこと。こんな人がいたの!
 谷村由美子、京都出身、パリ在住ということ、ミシェル・コルボと何度も共演しているらしいから、バロックの分野では実績のある人のようだ。それにしても、見事だ。あまりに見事。まさか、こんなレベルの歌唱を伊丹で聴けるとは…。毎年驚きがあるVOC音楽会だ。

お話はシンプル。トロイ戦争での戦死を預言されたアキッレが、父王のはからいでリコメーデ王のもとに匿われている。ギリシャの勝利のためにアキッレの参戦を促すためにウリッセ達が訪れ、アキッレと恋仲だったデイダミアとの別れに至るというもの。

魔法や超自然が飛び出し、何がなんだか判らないような筋書の多いヘンデルのオペラにしては、一直線にストーリーが進む。とは言っても、全三幕、各幕が1時間なので、逆に、単純なドラマでこれだけの時間もたせるには、それぞれのナンバーの出来不出来、歌い手の巧拙が鍵を握ることになる。だから、それが、始まる前の不安の源泉。

谷村さんの素晴らしさは、終始コントロールが行き届いた美声と、類い希な表現力にある。第二幕の悲しみのアリア、当然のことながらABA'のダカーポ、ゆったりとしたテンポで進むこの歌を、歌い通すだけでも至難と思えるのに、表情づけのデリケートさ、繰り返しの変化の妙。なんだ、こりゃ。infelice、ingrata、abbandonta、morròなど4つか5つの言葉で、延々と続くフレーズを弛緩なく歌いおおせるなんて。

タイトルロールの谷村さんは、そんな調子だったが、他の女声陣も立派。アキッレ役の福嶋さんは、見かけもズボン役にぴったり。しかも芯のある強い声だ。対照的にネレアの田中さんは柔らかく優しい声質。うまいこと人を集めてきて、こういう配役をしたものだ。ウリッセの永木さん、フェニーチェの西尾さんも熱演。リコメーデの森さんは苦しかったが、全体としては充分すぎる、お釣りが来る水準だ。

それぞれのアリアの出来もさることながら、驚くべきはレチタティーヴォに命が通っていたこと。イタリア語の口跡の見事さも相俟って、これは特筆に値する。なまじの稽古ではこういうふうにはならない。
 二度の幕間、このオペラのためにわざわざ東京からとんぼ返りで駆けつけた方と、そんな話をしながら充実感をかみしめていた。

この公演は、VIVAVA OPERA COMPANYという団体によるもので、ご多分に漏れず財政的に厳しいものがあるようだ。盛り上がった終演後、主催の大森さんが挨拶に立ち、来年度の公演の目処が立っていないとのコメントがあった。
 プログラムに「アルチーナ」のときの会計報告が記載されていて、収支300万円でいちおうバランスしている。しかし、関係者は手弁当ということだろう。収入の内訳では、協賛の大日本除蟲菊株式会社、つまりキンチョーからの80万円も含まれている(今回はだいぶ減ってしまったらしい)。しかし、こういうところにお金を出す"タンスにゴン"は偉い。あのCMに出ている沢口靖子はうちのカミサンの高校の後輩(まったく関係ない)。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system