ローマ歌劇場「リゴレット」@びわ湖ホール ~ ちょっと罪ほろぼし
2006/9/23

まあ何と法外な価格、端からパスを決め込んでいたローマ歌劇場の来日公演、ところが、カミサンが東大寺で聴き逃したレナート・ブルゾンのリゴレットを聴きたいと言いだしたものだから、遅ればせながらチケットの手配に。オークションでエコノミー席にプレミアムを付けて購入。そしてあと一枚。掲示板やオークションで何人かの方とやりとりがあり、ようやく前日にB席を半値以下で譲り受けて二人で大津に。

この公演ほど、売る側と買う側の乖離が著しいのは最近では例のないこと。55000円~27000円という無茶な値付けでは、大量の売れ残りは当然。公演間際になって首都圏では得チケ15000円での公式ダンピングが始まり、ネット上のセカンダリーマーケットもずいぶん前から大きく値崩れ。いったい主催者やスポンサーは何を考えているんだろう。

いざとなれば、特別協賛として名前が出ている野村證券が招待券として顧客にばらまくだろうし、あの手この手のご招待ルートも総動員となる。こちら資産家ではないからお声がかからないし、公募招待も見落としてしまったか。

そもそもこの値段、スポンサーにすれば、タダで配るときに券面価格が高いほうが、有り難みが増すという思惑かと。そうなると、オーケストラ席(1階平土間)にはタダの客で一杯となり会場の熱の低下は避けられない。

びわ湖ホールの客席は8割方は埋まっていただろうか。1階(続きの2階も)はほぼ満席、最上階(4階)も同様、真ん中の3階席(普通の感覚では2階)が半分強の入り。要するに、金に糸目をつけない人+タダ券の人、一方に思い切って自腹を切った人、この両者の中間がすっぽり空いたという図か。これが客席を眺めての私の解釈。

リゴレット:レナート・ブルソン
 ジルダ:エヴァ・メイ
 マントヴァ公爵:ステーファノ・セッコ
 スパラフチーレ:コンスタンティン・ゴルニー
 マッダレーナ:レナータ・ラマンダ
 モンテローネ伯爵:ルチャーノ・モンタナーロ
 指揮:アントニオ・ピロッリ
 ローマ歌劇場管弦楽団・合唱団
 演出・装置・衣装:ジョヴァン二・アゴスティヌッチ

会場にキャスト変更の知らせが出ていた。マントヴァ侯爵がジュセッペ・フィリアノーティからステーファノ・セッコに、指揮者がブルーノ・カンパネッラからアントニオ・ピロッリに。そもそも指揮者はブルーノ・バルトレッティが最初のアナウンスだったから三人目ということ。ずいぶん舞台裏ではドタバタのようだ。

さて、幕が開いた舞台、タイトルロールのレナート・ブルゾンが予想以上の健闘。歌手生命の長い人で毎年のように来日、これまでずいぶん色々な役で聴いてきたが、私はリゴレットは初めてだ。一番多く聴いたのがロドリーゴ(「ドン・カルロ」)、でも年齢からして、もうその役には合わない。となると、ヴェルディではこのリゴレットとか、父親ジェルモン(「トラヴィアータ」)、同じくフォスカリ(「二人のフォスカリ」)あたりになるだろう。

もともと、声に強烈なパワーがある人ではないので、第二幕の「悪魔め、鬼め」では、怒りが前面に出た表現ではなく、愛娘を奪われた嘆きに焦点が当たった歌になっている。感情表現に溺れて歌のフォームを崩すようなところが決してない、というこの人の美質は健在。終始ヴェルディの息の長い旋律線を失うことがない。逆にそれが歌を理解しない指揮者と齟齬をきたす場面に遭遇したこともあったが、マイペースと言うか信念と言うか、そういうときにもこの人は譲らない。幸いにして今回の指揮者とはまあうまく行ったようだ。声を張るところで耳障りなヴィヴラートがかかる場面も最近ではしばしばだが、この日は全く気にならないコンディション。まあ、キャリアからしても今回の一座の中心、その人が好調であれば、舞台は安泰というところ。

ブルゾンはだいたい想像がつくので、初めて聴くジルダのエヴァ・メイとマントヴァ公爵のジュセッペ・フィリアノーティが私の興味の中心だったが、テノールはステーファノ・セッコに交替。この二人、悪くはないけど、100%満足かと言うと…

好みの声ではないにしても、メイは美声だし、舞台姿も映える。この人、かなり硬質な声だ。気になったのは音色が微妙なところで均質ではないこと。じっくり聴くと、心地よさよりも疲れが勝ってしまうようなところがある。第一幕の「慕わしい御名」などのコロラトゥーラはもっと軽々と転がしてほしいという気がしたが、ちょっと贅沢な望みかも。

セッコはいい声を持っているのだが、高音域でフラット気味に聞こえるので、第二幕の「彼女の涙が」や第三幕の「女心の歌」など、見事に最高音に当たるスカッとした快感が得られないというのが難点。もっとも、オリジナルにはそんな高い音は無いようなので、聴く側は楽しみだけど、テノールには気の毒なことろだ。

脇役陣ではモンテローネ伯爵のモンタナーロが存在感のある声。スパラフチーレとマッダレーナ兄妹については、兄役のゴルニーは不気味さをよく出していたが、声自体はくぐもり気味。そして妹役のラマンダがいまひとつ。終幕の四重唱の前、マントヴァ公爵との絡みのところでは、この先どうなることかと心配。音楽に合っていない。もっとも、テノールがリードするクァルテットに突入したあとは無事にこなしたので、ホッ。この役は出番は第三幕だけだが、極めて重要なパートなので、もうちょっと力のあるメゾ・ソプラノでないと。

指揮者も代役、しかも代役の代役、胃潰瘍になりそうな演奏だったらどうしようなんて思ったが、まずまずというところ。ときに鋭角的なフォルテを叩きつけるところもありギョッとするが、歌のところで邪魔をするようなことはないので、まあいいか。第一幕第一場のアンサンブルや第二幕の父娘のデュエットの後半では、ちょっと飛ばしすぎで危ない場面もあったが、そこもなんとか。

コーラスについて、今回の公演ではちょっと考えてしまところがあった。びわ湖ホールで毎年上演されるヴェルディの初演作品(今年は「海賊」)、そこでのコーラスは東京オペラシンガーズ+びわ湖ホール声楽アンサンブル、たぶんレベルとしては国産のほうが上、アンサンブルとしての正確さとパワーの両面においても。ところが、このローマのコーラスのほうが、オペラを観ている聴いている感じがする。合唱するのではなくて、個人個人がそれぞれ歌い、たまたま同じテンポ、リズム、メロディであるかのような。

舞台装置は中央に大きな階段があり、各幕で使い回すというスタイルで、驚くようなものではない。第一幕第一場では大階段で立ち回りまでやるので、ちょっと歌い手には酷な演出だ。この幕ではマントヴァ公爵の調子が不安定だったのも、そこに一因がありそう。あとの幕では、そんな無茶はなかったので落ち着いて観ることが出来たが。

幕間、テラスに出ると、湖面を渡る風が気持ちのいい季節になった。沖にはヨットも多数浮かんでいる。一か月後(「海賊」)に来るときには、秋の気配が深まっているだろう。そして年明け(「アンナ・ボレーナ」)には対岸の比良連山も雪化粧のはず。新しく出来た西宮のオペラハウスにはない季節感が、ホール自体の素晴らしさに加え、びわ湖ホールの魅力だ。

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