サルヴァトーレ・リチートラ ~ テノール○○ではなかった
2006/11/14

クリスマス前の散財に備えて節約モードに入っていて、11月のコンサートは二つだけ。リチートラも行くつもりはなかったのだが、オークションにS席がB席(最安席)価格で出たものだから、つい。しかも、前から7列目。

ビゼー:歌劇「真珠採り」〜「耳に残る君の歌声」
 ドニゼッティ:「家を建てたい」
 ロッシーニ:「音楽の夜会」〜「踊り」
 ベッリー二:歌劇「ノルマ」〜「ヴィーナスの祭壇に私とともに」 
 * ショパン:ポロネーズ第1番嬰ハ短調
 ヴェルディ:歌劇「仮面舞踏会」〜「永久に君を失えば」
 レハール:喜 歌劇「ほほえみの国」〜「君は我が心のすべて」
     (休憩)
 プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」~「誰も寝てはならぬ」
 トスティ:「かわいい口もと」
 レオンカヴァッロ:「マッティナータ」
 プッチーニ:歌劇「トスカ」〜「星は光りぬ」
 * ブラームス:「8つの小品」〜第5番「奇想曲」
 * ブラームス:「狂詩曲」第2番ト短調
 ダンニバーレ:「太陽の地」
 カンニオ:「恋する兵士」
 レオンガヴァッロ:歌劇「道化師」〜「衣装をつけろ」
 サルヴァトーレ・リチートラ(テノール)
 ウォーレン・ジョーンズ(ピアノ) *

リチートラは3年前のスカラ座来日公演の「マクベス」でマクダフ役を歌ったのを聴いただけ。そのときは期待はずれ。これがスカラ座で歌うような人なのかとさえ思ったものだ。端役と言っては語弊があるが、マクダフだけで判断するのはどだい無理、その点で今日のコンサートは、私にとっては期待と不安が相半ば。

それが、いきなりガックリ。「真珠採り」、まったくスタイルが違う、こりゃ変だよ。声も各声域で音色がバラバラ、音楽もスムースに流れない。すうっーと繊細な音の糸が繋がるはずの曲が、この日のプログラムにもあるプッチーニかレオンカヴァッロのような歌い方になってしまって、如何ともしがたい。先行きの暗い出だしになってしまった。歌唱が原語じゃなくイタリア語というのも違和感の一因か。

ところが、2曲目からはガラリと変わって、真正イタリア声の炸裂。ドニゼッティ、ロッシーニの軽快な歌で一気に雰囲気が良くなる。一点の曇りもないハイCとは言えず、今どきの空のように巻雲が少しかかるような青空だが、「ノルマ」では見事なスピントを全開。ああ、やれやれ、最初はどうなることかと思ったコンサートだけど、もうこれで安泰。しかし、どうして、この人に合っていない曲を冒頭に持ってきたんだろう。

喉やすめのビアノピースがショパンとブラームスというのも、こりゃ冗談みたいなところがあるが、全く異質なものを挟むのもインターバルらしいと言えなくもない。

私が感心したのは、「仮面舞踏会」。この役(グスターヴォ三世またはリッカルド)は、直情径行・単細胞を旨とするイタリアオペラのテノールの役柄の中では異例の、思慮分別のあるキャラクターだ(ヴェルディでは、あとスティッフェーリオぐらいか)。いわゆるテノール馬鹿の歌い手には無理な役柄かと思っている。リチートラという人が、どっちなのかなと思いながら聴いたが、なかなかどうして。三つの部分に分かれ、それぞれに主人公の異なる心情を込めたこの歌を、きちんと表現しながら、声の威力と両立させている。こりゃいいや。

シェーナ(Forse la soglia attinse…)と、ロマンツァ(Ma se m'è forza perderti…)、これで一続きで、そこでやんやの喝采。と、このあと実際の上演なら舞台奥から舞踏会の音楽が鳴り出し、舞台転換に移るところ、その前に主人公が、「もう一度彼女に会える」(Ah! dessa è là…)と、テノールの声が気持ちの高揚を表すように駆け上がる、この部分を大拍手のあとで、分けて演奏したものだから…

大アリア全編が終わって、客席が明るくなって、ご丁寧に舞台後方の壁に"20"の電光掲示。見えた範囲だけでも10人あまりが立ち上がってホワイエに。いったん舞台袖に引っ込んだソリストと伴奏者、まだ一曲あるよと身振りで慌てて登場という椿事。そりゃ無理ないよ。

レハールが終わって、本当の休憩時間になって、ホワイエのマネージャー氏に、「あれはチョンボでしたねえ」
 普段は客席移動摘発に執念を燃やすマネージャー氏、「申し訳ありません。何曲目で休憩ということで、指示していたんですが…」と恐縮の体。

こんなアクシデントで雰囲気が和らいだか、後半は得意分野というか、危険のないプログラムということもあって、舞台も客席もノリノリの状態に。なお、当初発表の曲目とは少し差し替えになっており、アンコールはお馴染みのナポレターナを4曲。

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