チューリッヒ歌劇場「ナクソスのアリアドネ」 ~ なるほど、こういう手もあるか
Zurich 2006/12/16
関西国際空港から12時間かけてフランクフルトへ。50分の乗り継ぎでチューリッヒ。つい最近、液体持込規制が始まり、セキュリティチェックに時間がかかること。チューリッヒ行きが遅れたから良かったようなもの。
時差8時間、なので、12月16日の私の土曜日は32時間ある。チューリッヒ空港到着からオペラ開演までわずか2時間、間に合うかもさることながら、最後まで体力がもつかが懸念事項だった。
10年以上前、ここで同じような駆け込みをしたことがある。あのときは出張の途中、欧州域内便での到着だったし、ビジネスクラスだと荷物は真っ先に出て来るし、タクシーも使える。でも、今度はそうはいかないエコノミー旅行、電車男で通すつもりだし。
急いで着替えてオペラハウスに。荷物が遅れて体だけ先に着くことも想定し、入場拒否されるような格好は避けたものの、やはり新演出プレミエ、荷物が間に合って良かった。怪我の功名、これも乗継便の出発遅れのおかげか。
出発前夜を寝不足気味にして、シベリア上空で昼寝、フランクフルトでスタミナドリンクというシナリオどおりに推移したこともあるが、いやいや、これは大変に面白い演奏、演出で、ついに眠気は催さず。
クラウス・グートという人はなかなか面白い演出家だ。ドイツ語圏に多い読み替え演出で、ちょっとやり過ぎのところもある反面、クリスチャン・シュミットの舞台・衣装がとても美しい。
序幕では全く舞台装置がなく、プロセニアムいっぱいに白いカーテンが垂れている。中央部が少し奥行きのあるアーチ状になっており、 その前で舞台裏のドタバタが演じられるという趣向。コスチュームは白と黒のモノトーンで、時代設定は1940年代あたりか。人物の出入り、台詞、歌、余計なものが何もないから、否が応でも、舞台に集中してしまう。
一転して休憩後の"オペラ"は、レストランの内部という設定。9つの長テーブルが3x3で並んでおり、アリアドネは舞台上手前面のテーブルに一人沈んだ様子で腰掛け、テーブルの上にはワインのボトルとグラス。彼女の服装はシックな黒のスーツで、ギリシャ神話の面影などかけらもない。この舞台、序幕との対比が鮮やか。幕が上がってセットに拍手が湧いたのはメット以外ではあまり記憶がない。
この演出では、作曲家とアリアドネ、ツェルビネッタを三角関係として捉えているのだろう。序幕の最後は作曲家がピストル自殺の引き金を引く寸前で暗転。オペラでは最後にアリアドネが錯乱して服毒自殺(たぶん大量の睡眠薬)、バッカスとの幕切れのデュエットは愛の成就ではなく、永久の別れを歌うというシチュエーションに。それで終わりかと思えば、息を引き取ったアリアドネが大詰めでは立ち上がって、舞台袖から登場した共演者たちの拍手に応える。ここで、劇中劇という二重構造をはっきりと観客に認識させるという寸法だ。
こう書くと、何だかハチャメチャなことをやっているように思えるが、それが妙に説得力がある。そもそも、台本自体が破天荒なものだから、そこに演出家が一捻りを加えても許容範囲ということか。ただ、やはり、カーテンコールでは盛大な拍手とブーイングが演出家に飛ぶのは予想どおり。確かに、こめかみから血を流した作曲家の幽霊を黙役で後半オペラに登場させたりするのは悪趣味と言えなくもない。しかし、私はとても面白い演出だと評価する。
ドイツ語の台本なのに、ドイツ語字幕が出る。日本でも日本語字幕を出したりするので同じことか。さすがに、字幕の効果か、もともとの台詞のユーモアなのか、随所で笑いが起きる。ここらあたりになると、私のような異邦人は付いていけないけど。
ずいぶん久しぶりにこのオペラハウスに来たが、こんなに小さかったかな。舞台が近い。中央寄りの2階席だったが、新国立劇場中劇場の2階前列ぐらいで観ている感じ。
指揮はクリストフ・フォン・ドホナーニ、この人は有名すぎるけど、歌手はたぶん聴いたことがない人ばかり。知らない名前が並んでいる。
Conductor … Christoph von Dohnányi
Producer … Claus Guth
Sets, Costumes … Christian Schmidt
Lighting … Jürgen Hoffmann
Der Haushofmeister … Alexander Pereira
Ein Musiklehrer … Michael Volle
Der Komponist … Michelle Breedt
Der Tenor … Roberto Saccà
Ein Tanzmeister … Andreas Winkler
Zerbinetta … Elena Mosuc
Primadonna … Emily Magee
Harlekin … Gabriel Bermúdez
Scaramuccio … Martin Zysset
Truffaldin … Reinhard Mayr
Brighella … Blagoj Nacoski
Najade … Eva Liebau
Dryade … Irène Friedli
Echo … Sandra Trattnigg
Lakai … Ruben Drole
アリアドネ、ツェルビネッタ、作曲家、バッカス…、なかなかの粒ぞろいの歌、そして演技、決して演出に負けていないのが立派だ。オーケストラも小ぶりなので、アラが目立つのではと思ったものの、それほどでもなし。シュトラウスの音楽の生気、諧謔、そして美しさが充分に表現されている。満足、満足。
やはり、ドイツ語圏、いきなり演出傾斜のオペラから私の道楽ツアーがスタートした。永年勤続の休暇なので、この時期に休める二度とないチャンス、「第九」ばかりの日本を離れ、ハイシーズンのヨーロッパ、体力勝負のオペラ三昧へ。