チューリッヒ歌劇場「利口な女狐の物語」 ~ 耳だけではダメなオペラ
Zurich 2006/12/17

チューリッヒは今日も小雨模様。朝の8時になっても暗い、やはりここはヨーロッパ。時間と体力が余ればという程度で、今回、観光の予定は一切なし。とは言うものの、日に当っておかないと時差ボケを引きずるので、午前中トラム(市電)に乗ってリートブルク美術館に。早い話が、ここは旧ヴェーゼンドンク邸だ。でも昔の建物は残っていないし、展示は東洋美術、ワーグナーの不倫の痕跡など全く見あたらない。チューリッヒ湖を見下ろす丘の上。

チューリッヒ到着後、24時間以内に二本のオペラを観る。初めからハードな日程とは思いつつ、エージェントにそそのかされて。まあ、自分でもそのスケジュールは可能と思ってはいたが…

行程中、この作品だけは全く観たことも聴いたこともないので、出発前に友だちにCDを借りたけど、どうもさっぱり。オペラと言うよりもオーケストラ作品のようで、響きの美しさは感じるものの、ちっとも面白くない。でも…

なあんだ、これは聴くだけじゃダメなんだ、舞台を観たら全て解決。観て楽しむ要素が大変に多い。そして、前日の「ナクソスのアリアドネ」とうって変わって、とても判りやすく楽しい演出、日曜のマチネで客席には子供の姿もかなり。前日より少し舞台寄りの席からは、狐の足跡が付いた幕が見えている。ホワイエで買ったプログラムは前日よりも分厚くケースに入った二分冊、ひとつは通常のプログラムで、もうひとつは女狐のお話を含む絵本のセット、9スイスフラン(約900円)なのでドイツ語が判れば格安なんだけど…

主人公の女狐をはじめ、かぶり物オンパレード、姿だけじゃなく、動作までしっかり振り付けられていて、子供も観ているだけで喜ぶんじゃないだろうか。トンボは空中を飛ぶし、イモムシは後ろ向きの伸縮運動で大変そう。極め付けはカタツムリ、何とプロセニアム上部のドイツ語字幕のすぐ下を左から右にゆっくり移動、挙げ句の果てにそこから舞台まで真っ逆さまに降りてくる。扮する人はよほどの運動能力が要求されそう。見ているだけでもおっかない。そして何故か、おとうさんたちへのサービス、ヌードの女性まで登場する(女狐の春の目覚めを象徴する?)

前日よりもオーケストラの規模が大きく、「ナクソスのアリアドネ」ではなかった舞台下まで潜り込んでいる。そのせいか、ペーター・フェラネック指揮は音の端々がピタッと合わないところが散見されるが、ヤナーチェク独特の響きは堪能できた。

指揮 … Peter Feranec
 演出 … Katharina Thalbach
 装置・衣装 … Ezio Toffolutti
 照明 … Hans-Rudolf Kunz
 合唱指揮 … Jürg Hmmerli
 振付 … Darle Cardyn
 女狐 … Rosemary Joshua
 森番 … Oliver Widmer
 雄狐 … Judith Schmid
 校長/蚊 … Boiko Zvetanov
 森番の女房/ふくろう … Liuba Chuchrova
 神父/あなぐま … Pavel Danilu
 行商人ハラシュタ … Valeriy Murga
 きつつき/居酒屋の女房 … Kismara Pessatti
 居酒屋の主人 … Manuel Betancourt
 少年ペピーク … Vida Mikneviciute
 めんどり … Rebeca Olvera
 おんどり … Miroslav Christoff
 あぶ … Boguslaw Bidzinski
 子狐 … Nicole Davidson
 かけす/こおろぎ … Wakako Ono
 いなご … Rahel Lichdi
 かえる … Marlon Götz

キャストを見ると我が同胞が登場しているではないか。小野和歌子さんというソプラノのよう。最後のカーテンコールでかぶり物を取って素顔が見えて特定できたが、どこで歌っていたのかよく判らなかった。何しろ登場人物(動物)がやたらに多い。

休憩なしで一気に上演、場面の切れ目をナレーションやパントマイムで繋いでいたが、もともとそうなのか、全く初めて観るオペラなので私には判らず。でも舞台付きなら、ちっとも退屈しないオペラだ。あっという間に全曲が終わる。2時からの公演で、2時間たらず。でも、この季節の4時はもう暗い。

個々の歌い手の出番は短く、歌と感じる部分が極めて少ないオペラだ。ただ、全編で一か所、主役の女狐にはアリアとおぼしきところがある。女狐を歌ったローズマリー・ジョシュアという歌手は、その場面だけ、かぶり物を取って歌ったが、なかなかの美人で歌も素敵、狐のお面はもったいない。

いかにもそれらしい仕草の動物たちの取り扱いに加え、舞台装置も面白くできている。実際に人間の役を歌い演じている歌手は、動物たちの役と同じ大きさだから、物語の展開に合わせ猟師の靴や鉄砲が巨大サイズで出現し、その部分だけが動物たちとの大きさの違いを示すようになっている。

舞台セットや森の草木なども綺麗。後半の場面ではこの草木のセットを裏返しに使い、角材の骨組も丸見えになるが、これは枯れた風景に見たてたものだろう。なかなか、それも面白アイデアだ。

チューリッヒ歌劇場の初の来日公演が、来年に予定されている。「椿姫」と「ばらの騎士」が演目となっていてそれもいいけど、今回観た両演目などのほうが、よほどこの歌劇場らしい気がする。対照的な演出でそれぞれに面白い。きっと評判になるのではと思うんだけど…

歌劇場のファサードは工事中で、無粋な覆いがしてある。オペラハウスはチューリッヒ湖のほとりに立っているので、びわ湖ホールと似ている。しかし、残念ながらホワイエから湖は望めない。隣のレストラン「ベルカント」からだと、いい眺めは得られそう。

【2007/1/2 追記】

この日に出演した小野和歌子さんのブログがあり、コメントを入れたところ、ご本人から連絡をいただいた。女狐役のローズマリー・ジョシュアは、予定キャストの病気で2日前に急遽イギリスから呼ばれて歌ったとのこと。映像資料を見ながら1日半の稽古で、他の出演者やオーケストラと合わせるのは本番が初めてだったらしい。「でも、本当に歌も演技もすばらしかった」との小野さんのコメント、それは私の印象と同じ。なお、小野さんは今後の公演で雄狐役にクレジットされていて緊張して準備中とのこと。成功をお祈りしたい。

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