テアトロレアル「ホフマン物語」 ~ Violetta returns!
Madrid 2006/12/18

チューリッヒのマチネを観て、深夜にマドリッドに到着、日付が替わりそうな時間なのに、街はけっこう賑やか。午後の仕事は4時から、夕食は9時以降という土地だから、それも当然か。ましてや、クリスマスも近い。

月曜日は行程中2日しかない飛行機に乗らない日、まず、真っ先にすることは夜の公演のチケットの受け取り。ホテルから徒歩5分のテアトロレアルに向かう。スペイン語表示に難儀しながらネット予約したものの、心配だったので英語でコンファームのメールを入れて、OKの回答はもらっていたので問題はないはずだけど、ともかく現物を確保するまでは。

今回の旅行の最大の目玉はこれ。以前マドリッドを訪れたとき、テアトロレアルは改修のため閉鎖されていた。仕方なく工事中の外観を眺めただけ。なので、一度は観ておきたいということもあるし、キャストの中に発見したインヴァ・ムーラとソニア・ガナッシの名前が、私の背中を押し、ヨーロッパに向かわせたのだから…

Conductor … Emmanuel Villaume
 Producer … Nicolas Joel
 Sets … Ezio Frigerio
 Costumes … Franca Squarciapino
 Lighting … Vinicio Cheli
 Chorus master … Jordi Casas Bayer
 Hoffmann … Aquiles Machado
 Nicklausse … Ekaterina Gubanova
 Lindorf … Giorgio Surian
 Andrès … Pierre Lefebvre
 Olympia … Desirèe Rancatore
 Antonia … Inva Mula
 Giulietta … Nadja Michael
 La voz … Francisca Beaumont
 Nathanaël … Ángel Rodríguez
 Spalanzani … Emilio Sánchez
 Hermann … Josep Miquel Ribot
 Schlemil … Marco Moncloa
 Maître Luther / Crespel … Christian Tréguier
 Stella … Laura Aparicio

いつの間にか、ソニア・ガナッシの名前が消えていた。これは残念、藤原歌劇団公演でのロミオ(「カプレーティとモンテッキ」)でKOされた記憶があるだけに、ホフマン同様、狂言回しで聴かせどころも多いニクラウスで彼女の声が聴けるのを楽しみにしていたのに…

でも、いいや、インヴァ・ムーラが出るのだから。4年前の新国立劇場での「椿姫」、このときはアンドレア・ロストの裏キャストでの登場だったが、私は彼女のヴィオレッタにかつてない衝撃を受けた。歌の力はもちろんのこと、こんなに役柄にのめり込んだ血の通ったヒロインを目の辺りにして、オペラを観ることの幸せを心底感じたものだった。

私のヴィオレッタに、いまマドリッドで再会。ちっとも変わらない。第2幕のアントニアの場面は、舞台に釘付け状態になる。この人が歌うと平常心ではおれない私。幕が開き、舞台中央の椅子に腰掛けたムーラの姿を見ただけでドキドキ。そして、いきなりのアリア「小鳩は逃げた」の素晴らしさ。あのときと同じだ。いや、さらに素晴らしい。もう、いきなり、メロメロ状態。芯のある密度の高い声は健在だし、存在感のある演技もそうだ。
 幕の後半、ミラクル博士のジョルジォ・スーリアンとの絡みでは、引っ張り回され、引きずられても歌に狂いは出ない。小柄な人なのに舞台では大きく見える。アントニアはヴィオレッタと同じ、薄倖のヒロインで病で倒れるというシチュエーションだ。ほんと、私のヴィオレッタが目の前に蘇る。2階バルコニーの一番舞台に近い席を取った甲斐があるというもの。

いろいろな構成での上演があるオペラ、全5幕をプロローグ+オランピア、アントニア、ジュリエッタ+エピローグという流れは最近では一般的なものなんだろうか。

アントニアに先立つオランピア、デジレ・ランカトーレ、この人は初めて聴く。来年の大阪でのチケットを既に3枚(「ルチア」、「マリボロ歌劇場ガラコンサート」、「ラクメ」)確保しているのに先だち、スペインで一足早く出会う。若い!そして綺麗!今は、こわいもの知らずと言うところだろうか。
 オランピアは当たり役ということのようで、楽々と高音をクリア、楽しげでさえある。面白いのは、この人、二つの音色の相互乗り入れという感じがある。ある音域から上下で変わるのじゃなく、似通ってはいるが微妙に違う二色のパレットを持っているような感じ。この役は、人形という人工的な枠組があるだけに、生身の人間としての表情が問われる次の「ルチア」が楽しみだ。
 年内はマドリッドで、そこから日本に飛んで新年3日に大阪フェスティバルホールという日程だと思われる。では、また、大阪で。日本公演の後は、スカラで「連隊の娘」のようだ。まさに上昇気流まっただ中という感じ。

ジュリエッタを歌ったナジャ・ミシェルという人は初めて聞く名前だ。かなり濃いめの感じの歌だ。後で知ったことだが、来年3月にスカラでサロメを歌うらしい。ただ、ジュリエッタという役は、いまひとつ印象に残らない役柄だ。どうしてもオランピアとアントニアに目が行ってしまうし、この幕の冒頭の有名な舟歌にしても、ニクラウスとのデュエットだし。

お馴染みスーリアンは、いつものように剛直なアプローチだが、この役柄にはなかなか合っている。この人、悪役がとても似合う。それも奸智というよりも、もっとストレートな表現。私は好みだ。仇役がこの人なら、きっといいんじゃないかと思ったその通りだった。

主役ホフマンを歌うアキレス・マシャド、この人も来年2月のスカラでのピンカートンにクレジットされているようだ。この人の見かけが面白いくて、パヴァロッティを二回りか三回り小さくしたような感じだということ。
 この日の出来は、尻上がりという感じ。プロローグとエピローグではえらい違いだったし、ジュリエッタとのシーンでのアリアは聴かせた。最初の「クラインザックの歌」で、あれれと思ったのに、だんだん良くなるので、よくわからない歌い手だ。

ソニア・ガナッシに代わったエカテリーナ・グバノーヴァ、開演前は残念な思いだったのに、幕が開いてしまえばこの人もとてもいい。オペラでは役柄の交代は珍しくないし、それなりの代役が出てくると発見の楽しみもあるということか。

この「ホフマン物語」は、トゥールーズ・キャピトル劇場、テルアヴィヴのイスラエルオペラとの共同制作ということのようだ。前者はミシェル・プラッソンが率いるところ、後者は若き日のプラシド・ドミンゴや砂原美智子が毎日のように歌っていたところぐらいのことしか知らないけど。

演出はびっくりするほどのものではないが、各幕それぞれに移動式の面白い大道具を用意している。酒場の店先、蒸気機関車風の発明家の作品、いくつかの楽器のユニット、そしてこれは定番、ゴンドラという趣向。背景には観覧車風の大きな回転式のパネル(意味は不明)、それに、ホフマンやニクラウスなどが出入りするエレベータなど。プロローグとエピローグは段ボール紙をかぶったホフマンが路上に寝ているという場面に回帰、何となくホームレス風に見える。オランピア人形が壊れた後の残骸は、何時間か前に観た「ゲルニカ」のようだ。

エマニュエル・ヴィロームという指揮者はここの監督なのかどうか、それも知らないが、なかなか活き活きとした音を出していたのに感心。コーラスは水準が高いとは言えないけど、まあがっかりと言うほどではない。

意外だったのは、マドリッドの聴衆はかなり大人しいということ。テアトロレアルに来る層は、ちょっと一般的なスペイン人ではないのかも知れない。サッカーと闘牛に熱狂するのが平均的だとすれば、そういう人たちとはちょっと違うような。入場者の服装を見ても、他の都市よりもグレードが高い気がする。

テアトロレアルの玄関は王宮に正対している。交通の便から考えると裏手の地下鉄駅のほうに入口があってもよさそうなものだが、そこは"王立劇場"だからこうなるんだろう。幕間、玄関の外に煙草を吸いに出ると、目の前が王宮、なかなかのロケーションだ。

以前の劇場を知る由もないが、中はずいぶん新しくなっている感じ。最上階両翼には大きなモニタースクリーンが設けられていて、両サイドのパーシャルビューの席では見えない舞台全体が、そこで確認できるようになっている。こんなのは見たことがない。字幕も何か所かの大きなスクリーンに出るが、舞台に集中している分には邪魔にならない位置にある。

ゲルマンの世界からラテンに移ったとたんに、街中でみる女性の美しいこと。スペインの女性は日本人同様に小柄な人も多い。歌劇場のアッシャーの男性もなかなかのイケメン揃い。こんな狭いヨーロッパで、ちょっと飛んだらこうも違うんだから。

私の住む奈良とトレドは姉妹都市、同じぐらい古い都ということが縁組の理由のよう。前回は訪れていないし、マドリッドから新幹線(AVE)が最近開通し、所要30分なんだけど、結局は見送りにした。観光に気をとられて、肝心のオペラが疎かになっては本末転倒だし。結局、それが正解。

それで、午前中に歩いて王宮まで、午後にはソフィア王妃芸術センターに。そんなに無理な観光じゃなかったつもりが、何だか体調が…
 旅行の3日目、疲れが出るころ、やはり懸念が現実のものに。寝不足と座り続けでお尻の調子が、荷物を持っての移動で腰の具合が、気温の変化のせいか喉の加減が、三ついっぺんに。ちょっとこれには参った。ともあれ、持参の薬箱から各種取り混ぜて服用。こちらの人のようにシエスタを決め込む。それも心地よい眠りどころが、先のことを考えると脂汗が出て、夢うつつの何時間かを過ごす。でも、心配しても仕方ない、楽いことだけ考えよう…

8時が近づき、テアトロレアルに向かうため外に出ると、冷たい外気に体がシャキッと。そして始まってみれば、ランカトーレが、ムーラが…。これは、ほんとうに、歌が、音楽が、癒やすということ。そして、終演後は、ハイ状態に。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system