ザンクト・ガレン劇場「エルナーニ」 ~ 普段着でなくて普段着
St Gallen 2006/12/19

マドリッドからチューリッヒにトンボ返り。チューリッヒ空港から中央駅とは反対方向に向かう列車に乗る。スイスを東西に横切る幹線を走るインターシティは、ジュネーブが始発で終点がザンクト・ガレンになる。チューリッヒ空港からの所要はちょうど1時間。

ザンクト・ガレンはオーストリア、ドイツとの国境に近く、ボーデン湖岸から少し内陸に入った丘陵地だ。ユネスコ世界遺産の大聖堂や修道院図書館を中心にした旧市街で有名とのことだが、旅行の計画を立てるまで、この町の名前さえ知らなかった。

今回の旅、いよいよイタリアオペラとなる。ミュンヘンの「ウェルテル」とを秤にかけて、こちらを選択。ミュンヘンは新演出でマルセロ・アルバレスのタイトルロールなのに、それでいてスイスの田舎町を選ぶんだから、私も酔狂か。
 「エルナーニ」はびわ湖ホールでの日本初演を観ているが、まあ、ヨーロッパでもそんなにかかる演目じゃないし、来日するほどメジャーでない地方歌劇場がどんな公演をしているのかという興味もあって、こっち。

指揮 Peter Tilling
 演出・装置・衣装 Massimo Gasparòn
 合唱指揮 Michael Vogel / Matthias Heeb
 Ernani Juremir Vieira
 Elvira Gergana Geleva
 Don Carlo Giovanni Meoni
 Don Silva Vladimir Baykov
 ザンクト・ガレン交響楽団
 ザンクト・ガレン劇場合唱団
 ザンクト・ガレンオペラ合唱団
 ウィンタートゥーア劇場合唱団

到着後、劇場の場所を確認がてら街を散策。ずいぶんと寒い。駅前のホテルから旧市街を抜けた反対側、公園の一角に劇場とコンサートホールがある。どちらも小振りな建物。建築自体は古いオペラハウスの構造じゃなくて、近代的なスタイル。でも、灯りもついておらず、扉も閉ざされて人の姿もない。上演1時間前にならないとオープンしない模様。ポスターが貼られていなければ、ほんとうにここで、今晩オペラがあるのと心配になりそうな雰囲気。

それでも、開演の19時近くになると人が集まってくる。チューリッヒとザンクト・ガレンの間にあるウィンタートゥーアのコーラスも出演しているように、この街だけじゃなく、近隣の街からも車で来るのだろう。ボーデン湖岸のオペラで有名なブレゲンツ(オーストリア)にしても、30分ぐらいの距離だ。

劇場の中は、ホワイエも客席も螺旋状に平面を積み上げたような現代的なデザイン、行ったことはないがミューザ川崎と同じようなスタイルか。キャパシティはせいぜい1000人程度と見える。私の席はファースト・カテゴリーで、前から4列目やや上手寄り。まあ最高に近い席。聴衆は年配者が多く、けっこうドレスアップ、よい身なりをしている。予想どおり、ただ一人の日本人観客だった私。

オペラが始まって、「ん…」という感じ。開幕の合唱、これはドイツ語上演なのかと一瞬思ったほど。合唱は寄り合いのためか、きれいに揃わないところもあるし、イタリア語としてはちょっと妙な響き。

ところが続くエルナーニ役のフレミール・ヴィエイラの冒頭のアリア「色あせた花の露のように」、これはいい。長くて難しい歌だと思うが、見事に歌いきって、さすが、シングルキャストを張るだけのことはある。この歌でありがちな極端なテンポの揺れは避けて、すっきりとクリアに、しかも表情豊かに。その後も、幕切れまで、聴かせてくれた。いいテノールだ。

そりゃあ、シーズン24回も歌うんだから、完全に役が歌が身に付いているんだろうなあ。上演が珍しい部類のオペラだけに、メジャーなところからお呼びがかかる可能性だってあるし。この演目は10月から来年5月にかけて24回上演となっている。キャストはダブルないしトリプルなのだが、エルナーニ役だけはシングル、マチネとソワレの二回公演の日もあるから、その時はいったいどうするんだろう。

第一幕、エルナーニのアリアに続くエルヴィーラのゲルガーナ・ゲレーヴァの「エルナーニ、私を奪って逃げて」、これは今ひとつ。この作品では、テノール、ソプラノとも登場のアリアが勝負なので、ここで一発決めないと、観客も乗ってこない。ヴェルディ初期作品では必須の声の力の不足を感じる。

あと、二人の男声、ドン・カルロ役のジョヴァンニ・メオーニ、ドン・シルヴァ役のウラディミール・バイコフ、この二人は満足できる水準。特にバイコフが素晴らしいバスを聴かせ、ひょっとして出るのではと期待していたダブルキャスト、スカンディウッツィの不在を感じさせない。

歌手はいずれも一生懸命、スイスの田舎町で、大した数の聴衆でもないのに、手抜きの気配はない。こういうところで認められることで、次へのステップになるからだろう。その点では、ヴィエイラ、バイコフは今後の可能性を感じさせる歌い手だ。

主役の歌手たち、コーラス、力いっぱいで、前列で聴く私も居ずまいを正してだが、アンサンブルとなると平板な印象を受けるところもある。力いっぱいだけではいかないのがオペラの難しいところ。

演出は極めて普通、予算の関係かピッツィがやるようなシンプルなスタイルで、大きな階段と少ない数の大道具、ドラマと歌に集中してというコンセプトだろうか。

休憩は途中一回だけ、第1幕と第2幕を続けるとさすがに長くて、旅の疲れも出てコックリする瞬間も何度か。ここの聴衆は熱狂的なブラーヴォもない代わりにブーイングもない。暖かい拍手が続くという雰囲気で、ちょっと前の日本の公演の雰囲気に似ている。自分たちの劇場で身近にオペラを聴くということか。この「エルナーニ」のほか、シーズンには「ペリコール」なんて作品もラインアップされていて、レパートリー的にもニッチを指向しているのかも知れない。電車で1時間のところに著名オペラハウスがあるのだから、それもひとつの行き方なんだろう。

終演後、駅に向かう人はまばら、やはり車で来ているんだ。昼間に下見したおかげで、迷路のような旧市街で道に迷うこともなく駅前のホテルに到着。これで日程の折り返し地点、このあとはウィーンとミラノが待っている。

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