ウィーン国立歌劇場「ドン・カルロ」 ~ Keenlyside, O mio Rodrigo !
Vienna 2006/12/21

ウィーンの二日目、先ずは一番手っ取り早くて安上がりなウィーン観光、トラム(市電)の2番に乗ってリンクを一周する。市庁舎の前ではクリスマスの縁日、子供がいっぱい。向かい側はブルク劇場。モーツァルト像の周りでは「コンサートはいかが?」というおじさんの呼び込み。「ごめんね。今晩はヴェルディの予定なんで」

マドリッドでは王宮を観た。ここウィーンでは、美術史博物館でドン・カルロスとイザベル・デ・ヴァロアの肖像画を観る。まるで「ドン・カルロ」に備えるという念の入れよう。意図した訳じゃないが、たまたま旅程がそんなふうに。
 午前中訪れた広い博物館2階の片隅の9番の小部屋、二人の肖像画は並んで架けられており、同じフロアのブリューゲルの傑作群(「バベルの塔」、「雪中の狩人」、「農民の婚宴」、「子供の遊戯」…)やフェルメールの「画家のアトリエ」などに気をとられていると見逃してしまいそうだ。二人とも華奢な体躯で、エリザベッタはともかく、スターツオパーの舞台に立ったホセ・クーラのマッチョ風の見かけとは大違い。

指揮 … Marco Armiliato
 演出・装置・衣装 … Pier Luigi Pizzi
 フィリッポ2世 … Matti Salminen
 ドン・カルロ … José Cura
 ロドリーゴ … Simon Keenlyside
 宗教裁判所長 … Kurt Rydl
 修道士 … Goran Simić
 エリザベッタ … Olga Guriakova
 エボリ … Luciana D'Intino
 テバルド … Laura Tatulescu

前日のバルコニーとは大違い、パルケット(平土間)のど真ん中、10列目の中央、あれれ。日本でもこんな特等席で観たことない。「折角だから大好きなオペラを良い席で」とは思ったけど、ここを押さえるとは、私の頼んだエージェント(オペラツアーズ・オルフェウス:鈴木真樹氏)の実力は大したもの。

この日のキャスト、それぞれに不安要素があった。オリガ・グリアコヴァというロシア人ソプラノは全く聴いたことがない人だし、ルチャーナ・ディンティーノは新国立劇場のアムネリスでは感心しなかったし、サイモン・キーンリィサイドはモネ劇場来日公演のドン・ジョヴァンニはピンと来なかった。ホセ・クーラに至っては日本で散々な公演も多く、ほんとに真面目に歌うんだろうかという心配さえ。でも、まあ、しかし、ウィーンで無茶苦茶な公演ということもなかろうと…

一番の懸念事項であったクーラ、さすがに舞台姿は見栄えがするが、どことなく芝居は大根ぶりが目に付く。第2幕第1場、夜の庭園でエボリをエ リザベッタと間違える場面、エボリのヴェールを上げて「何と、王妃ではない!」と、ディンティーノ顔から10cmの距離で叫んだのには、思わず吹き出しそうになった。これじゃ芝居にならない。だって、その後のやりとりで、カルロの求める相手が王妃だとエボリが勘づくまで、1分以上もあるのだから間の抜けたことだ。

歌のほうは、ずいぶんまとも。ただ、何を歌ってもパリアッチョ風の歌い回しで、これが好きな人には堪えられないだろうが、陰影に乏しいことこの上ない。中高音域で頻繁に声を張り、泣き節を聴かせるのもワンパターン。これはこれで魅力的とも言えるが、そればっかりじゃねえ。この人、これからもずっとこんな調子でいくんだろうなあ。プロンプターの声もこの人のときだけ大きくなる。カーテンコールでは、クーラひとりプロンプターボックスに手を振ってサポートに感謝という図。

キーンリィサイドのロドリーゴは最高だった。カルロの言葉じゃないが、私にとっても"O mio Rodrigo!"、"Mio salvator"だ。朗々とした声、高潔なポーサ侯爵らしい気品ある演技で、若々しい理想家としての人物像が目の前に再現される。ウィーンで理想のロドリーゴに巡り会えた感じだ。キーンリィサイドに大ブラーヴォ。

フィリッポ2世のマッティ・サルミネン、思ったほど声が出ない感じ。宗教裁判所長とのバス二重唱ではクルト・リドルに押され気味。まあ、「王冠は祭壇に跪かなければならないのか!」と嘆くくだりがあるのだから不自然でもないか。サルミネン、随所で語るように歌うところがあり、印象的。なかでも、第1幕の幕切れのロドリーゴとの二重唱、「宗教裁判所長に気をつけろ」とロドリーゴに諭すところ、三度繰り返す「Ti guarde !」のフレーズ、二度は呟くように、最後は怒鳴りつけるように歌ったのにはびっくり。

ディンティーノ、2003年の東京でのアムネリスとは見違える出来、あのときは役作りに疑問を感じたのだけど、エボリには全く違和感なし。相当に歌いこんで身に付いているのだろう。高音にも不安はなく安定した歌い ぶりだった。

そして、オルガ・グリアコヴァ、西側(今はそういう言い方はないか)でのロシア人の活躍ぶりはすごい。そして歌い方にも違和感がなくなる時代になった。ここウィーンでのネトレプコの人気も高い。グリアコヴァも大変な美人で、王妃エリザベッタの役柄にぴったり。正面を向いたとき、ちょっと目はキツイけど。それこそ、肖像画のイザベルと同様に小柄だ。でも、声は充分出ているし、終幕の大アリアも聴かせた。欲を言えばさらにピアニシモに磨きをかければというところか。

指揮台のマルコ・アルミリアート、テノールのファビオとは兄弟のようで、確かに顔つきは似ている。昨日のド・ビリー同様、元気で勢いのある棒だ。ウィーンではずいぶん若い指揮者が活躍しているようです。この作品でオーケストラが非力だとどうにもならないが、さすがウィーン、このレベルだと全く文句はない。合唱もときにはみ出すこともあるが、弱音を出せるのはすごいこと。

今年の新国立劇場と同じく、四幕を前後二分して上演する方式だった。異端者火刑の場まで一気に進む。そう言えば、この場面の舞台、マドリッドで今は鉄道のターミナルになっているアトーチャまで行ったなあ。
 3.5ユーロで購入したプログラムには宗教裁判・異端者迫害について詳しい解説が載っている。ドイツ語なので読めないのが残念だけど、歴史に残るアウト・ダ・フェが何度もあったようだ。

カーテンコール、とりわけ大きな拍手をもらったのはキーンリィサイドとディンティーノだった。誰しも評価は同じ。それで、パンクチュアルというか、始まりも時間どおりだし、終わりも比較的あっさり。こんなものかなあ。新国立劇場のほうがずっと盛り上がる。ここでは連夜の日替わり公演だし、観光客が多いということもあるのだろう。

「ロミオとジュリエット」ほどではないが、やはり日本人の姿が多い。定年退職後のご夫婦かと思われる奥さんと休憩時間にお話。ここは初めてとのこと。

「このオペラは大傑作ですけど、ちょっと長いですから、初めてだとしんどいかも知れませんね」
「素敵なんですけど、バルコニーの後ろの席なので、舞台が見えなくて」
「ああ、あそこは立って見ればいいんですよ。オーケストラだけの時や、くたびれたら、腰掛けて」
「えっ、そうなんですか。前の人の背中ばかりで困ったなと思っていました」

昨日より30分早い19時開演だけど、終わりは深夜。この日もピッツァの夜食、これが、なかなか美味しいんだ。いよいよ明日は、旅程の最後、アラーニャ騒動一過のスカラへ。

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