いずみホール・オペラ「ルチア」 ~ 世界水準の一枚看板
2007/6/16

演出家の名前を看板にしたホールオペラというのも、ちょっと奇異な感じだ。オーケストラとコーラスはカレッジ・オペラハウスのメンバーだから、ホームグラウンドの豊中の劇場で上演したら演出家も腕を振るえるはずなのに。まあしかし、これはいずみホールの主催公演なので、そういうわけにもいかないのだろう。

昨年までの釜洞祐子プロデュースのシリーズが終わり、その"後釜"として、資金難で継続が危ぶまれていたVOCへのサポートをホール関係者に個人的に働きかけたりもしたのだが、神戸出身の気鋭の演出家にシリーズが託されたようだ。まあ、VOCのほうも窮状を聞いたファンの資金カンパもあり、公演存続が決定し、ご同慶の至り(9月9日、ヘンデルの「イメネーオ」)。

ドニゼッティ:「ルチア」
 エンリーコ:井原秀人(バリトン)
 ルチア:佐藤美枝子(ソプラノ)
 エドガルド:望月哲也(テノール)
 アルトゥーロ:二塚直紀(テノール)
 ライモンド:木川田澄(バス)
 アリーサ:福原寿美枝(メゾ・ソプラノ)
 ノルマンノ:清水徹太郎(テノール)
 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
 ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団
 指揮:菊池彦典
 演出:岩田達宗

演出の岩田達宗さんはセンスの良さを感じる人だが、コンサートホールという制約が大きすぎるのか、これはと目を引くところはさほどない。オーケストラ後方、普段は管楽器群を乗せる小舞台と舞台奥のオルガンを結ぶ階段だけが装置。演出の工夫は専ら人物の動きと形にあったようだ。多用された二階バルコニーからの登場、主要キャストの配置、コーラ スの個々人への振付、どれも奇を衒うところはなく、自然な仕上がり。ひとつユニークなところとして、狂乱の場で階段に倒れたルチアを、大喝采が鎮まったあとでコーラス4人が抱えて階段を下り、舞台袖でエンリーコが彼らからルチアを取りあげて横抱きにして退出するというところ。これが最終場面までの間の黙劇として演じられる。小柄な佐藤さんだから可能な演出とも言えるが、エンリーコは決して悪人ではないという演出家のメッセージか。

音楽面では佐藤美枝子さんが圧巻、やはり演出家ではなく、この公演、彼女が一枚看板だ。名だたるプリマのルチアを聴いたが、彼女らに全くひけをとらない。近いところでは、正月に聴いたランカトーレ、最高音の余裕ではあちらに優位があるが、全音域にわたる均質さと安定感では、佐藤さんがはるかに勝る。間然するところのないアリアだけでなく、レチタティーヴォや重唱でも言葉が生きている。この役を歌い込んでいることもあるのだろうが、ただのコンクール優勝歌手ではない域に達している。久しぶりのオペラ、いいものを聴かせてもらった。

最近では珍しく、狂乱の場に先立つ嵐の場面はカット、ルチアの悲劇に焦点を当てたなら、ここは無くてもいい場面ということだろう。その伝で行けば最終場面も省略しても支障がないとも言える。ただ、それじゃあんまりなので、こちらは通常どおり。

佐藤さんが図抜けてはいるが、共演者のレベルが低いということでもない。幕切れのアリアで一発で音が当たらないという傷はあったが望月哲也さんもいいテノールだ。幕開きの場面での歌は雑な感じがした井原秀人さんも、それ以外は好調、六重唱の盛り上がりもなかなかのもの。

菊池彦典さんが指揮するザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団、最初の場面では酷いなあ、こんなはずじゃないのにという印象。バランスは悪いしアンサンブルも乱れがち、おまけにホールのサウンドをわきまえない無粋な強奏の連発。確かに、ここの場面ではあまりいい演奏にお目にかかったことはないが、ちょっとね。ルチア登場の第二場から持ち直すのもありがちなパターンだが、この演奏では極端な差があった。まあ、最初を除けば大部分がまともでしたから、よしとしよう。

梅雨入りしたとたんの夏日、オペラシーズンとは言い難い季節なのに、チケットオフィスには当日券を求める人が何人も。完売のようだった。

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