佐渡オペラ「魔笛」 ~ 夏の風物詩
2007/8/4

西宮の夏の風物詩になりかけている「佐渡おけさ」ならぬ「佐渡オペラ」、追加公演も含め土曜から日曜まで1日の休みを夾んで計8公演、ほとんどがマチネ、それが完売というのだから恐れ入る。うーん、これは新しいトレンド、驚きだ。観客動員がある限りは公演継続、ロングランになればなるほど投資を回収、お釣りが出る。ミュージカル興行と同じビジネスモデルが西宮に誕生したかのよう。そうか、阪急沿線、タカラヅカでその素地はあるということか。今津線で西宮北口からわずか15分だもの。

会場でもらったプログラムの末尾には、昨年の「蝶々夫人」の再演、一昨年の「ヘンゼルとグレーテル」の再々演の予告、これはすごいこと。せっかくのプロダクションだから使い倒してモトを取る。ここらは関西の発想、でも、正直、立派なことだと思います。少しずつレパートリーの溜まりができ、ドル箱演目で思いっきり稼いで、それで冒険的な試みにも挑戦できるようになるならファンとしては大歓迎だ。

長谷川顯(ザラストロ)
 鈴木准(タミーノ)
 池田直樹(弁者)
 今尾滋(僧侶)
 塚田裕之(僧侶)
 飯田みち代(夜の女王)
 天羽明惠(パミーナ)
 田中三佐代(侍女)
 加納悦子(侍女)
 渡辺敦子(侍女)
 晴雅彦(パパゲーノ)
 福永修子(パパゲーナ)
 加茂下稔(モノスタトス)
 成田勝美(甲冑の兵士)
 松本進(甲冑の兵士)
 兵庫芸術文化センター管弦楽団
 ひょうごプロデュースオペラ合唱団
 ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団
 指揮:佐渡裕
 合唱指揮:本山秀毅
 演出:エマニュエル・バステ
 美術:アントニー・マクドナルド
 照明:ドミニク・ブリュギエール

私が観たのは千秋楽の前日、邦人キャストの最終日。初日の外国人キャストの日を観たともだちの話では、さして有名な人はいないものの出来映えは素晴らしかったとのこと。なかなかどうして、わが同胞も頑張っている。

天羽明惠、飯田みち代という、ルルを歌ったソプラノの名前が並び、パミーナと夜の女王の母子を演じるというのに興味をそそられる。天羽明惠さんのパミーナは、大変な聴きもの、この役を歌えるリリコは日本に山ほどいるが、ちょっとひと味違った。軽めのソプラノが美声で魅了するというありがちなパターンではなく、彼女の声にはそれ以上のふくらみと強さがある。愛や哀しみ、女性の情念を感じさせるしっとりとした声の表現、あのト短調のアリアがこれほど痛切な情感を伴っているのは滅多に聴けない。

飯田みち代さんの夜の女王は疑問の残るところ。私にとって最後となった岩城宏之指揮のコンサートで歌ったアリアは、ちょっと無理じゃないかと思うものだったが、その印象はこの日も同じ。きちんと歌っているものの、力ずくのコロラトゥーラはいかがなものか。舞台映えのする人だし、アリア単独で聞く訳じゃないから違和感もないが、やはり、ちょっとね。

鈴木准さんのタミーノは思いの外の掘り出しもの。テノールはだいたいがモーツァルトに冷遇されていて、狂言まわし程度の役割しか与えられておらず損な立場だが、この人は美声だし最後までガス欠にならず安定した歌いぶりだった。

パパゲーノを歌った晴雅彦さんは、東京での活躍も多くなった。好きな声ではないけれど、こういう役を歌い演じたら存在感のある人だ。シカネーダーもこんな感じだったんだう。ザラストロの長谷川顯さんは、重低音が苦しいのは初めから判っているので、ないものねだりしてもしょうがない。

逆に何とかなるはずなのに、問題含みだったのは、二組のトリオ。三人の侍女と三人の童子。前者は動きの多い演出のせいもだろうがアンサンブルが粗い。後者は、珍しく児童をキャスティングしていたが、やはり荷が重すぎる。充分に訓練された声でないと、ちょっとしんどいものがある。ひとフレーズ歌っておしまいじゃないから。

さて演出はエマニュエル・バステというフランス人女性の手になるもの。オーソドックスでもないし、かと言ってコンヴィチュニーほどの鋭利さには至っていない。

序曲のところから舞台上にパジャマ姿の三人の女の子が登場、舞台上のパントマイムだけならともかく、舞台袖から客席に下りるわ、ピットの扉を開けるわ、フルートを持ち出すわ、指揮者のサインをねだるわ、チョロチョロと邪魔で、何のこっちゃという感じ。幕切れになって、彼女たちが枕を持って再登場し、ああ、そういうこと、オペラは子供の夢の中のお話というつもりだったんだと、合点がいった次第。

冒頭の場面はタミーノが逃れてくるのは大蛇ではなくて大蛸、そりゃ明石はすぐ近くだから、ご当地ものということか、はたまたタコを食べる南欧文化からの親愛のメッセージか。ここでは、なぜか、各人物が舞台中央の浅い水たまりを裸足で動き回りピチャピチャと。プログラムによれば、女性的なる世界の象徴ということらしい。反面、ザラストロの世界は砂漠の砂に覆われたような書斎(これはなかなか綺麗)であったり、ダークな板張りの直線的な閉ざされた空間だったり。対照の妙ではあるが、あっと驚くような発想ということでもない。

まあ、この「魔笛」というオペラは何でもありの世界だし、高邁な理念なんてものじゃなく、そいつらを笑い飛ばすところに本質があるような気もする。いつもと同じく、聴いていて冗長な作品だと思うものの、退屈せずに過ごせたのは幸い。

オーケストラも7回目の演奏となれば、ずいぶんこなれている。音楽の流れも自然で、ピット中央の音楽監督の存在を意識させないとうことが、佐渡裕の進化なんじゃないかなと、ポジティブに評価する。

終演が17:20、西宮北口から乗った梅田行の阪急電車には浴衣姿のおねえさんがいっぱい。なかには、髪型まで今夜のイベントになっている人もいるのでびっくり。そう、今宵は淀川花火大会。

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