VOC第12回音楽会「イメネーオ」 ~ 草の根、ヘンデル
2007/9/9

4年連続でこの団体の公演に通う。実は、昨年、「持ち出しで続けてきたオペラが財政的に限界で、次の目処が立たない」という主宰者の異例のコメントがカーテンコールの最後にあった。そうすると、何と60万円ほどの寄付が、その舞台がはねたあとに集まったとか。このVivava Opera Company、プログラムの会計報告はガラス張り、例えば出演者へのギャラ(音楽家会員支援金という費目、少額)まで明らかなんて、他所では見たことがない。ともあれ、4年目のヘンデル・オペラが日の目を見たのは喜ばしい限り。一年前と同じように、東西のオペラファンが伊丹アイフォニックホールのロビーで歓談のひとときを持てた。

過去3回、本邦初演が続いた。今回の「イメーネオ」はロシア(ソ連の頃?)の来日オペラでかかったことがあるらしい。私も全く知らないことだった。昨年の「ディダミア」がヘンデル最後のオペラ、これはそのひとつ前の作品のようだ。

ティリント:永木るり子
 ロズメーネ:津山和代
 クロミーニ:木村直未
 イメネーオ:迎肇聡
 アルジェニーオ:森孝裕
 指揮・演出・制作:大森地塩
 バロックアンサンブルVOC

ずぼらな性格で、ろくに予習もしないので、会場でもらったプログラムで初めてプロットを知るという始末。でも、ちょっと毛色の変わった作品だ。バロックオペラらしくない。魔法やなんだかが飛び出すご都合主義のプロット、登場人物が入り乱れて訳がわからなくなるドラマの展開、そんな先入観を持つバロック・オペラだけど、これは異色。極めてシンプルで判りやすい。

海賊に拉致された若い女性二人を救ったイメーネオ、彼が望んだのは救い出したロズメーネ、しかし彼女には婚約者ティリントが。そこで、ロズメーネは愛と恩義の狭間で揺れ動くという展開。拉致されたもう一人の女性クロミーニ、その父、国王のアルジェニーオが絡んでドラマが進む。事件は舞台の外で発生しているので人の動きは極めて少なく、登場人物たちの心情を吐露するアリアが連なっている格好だ。

全三幕、正味2時間ほどのオペラだが、登場人物に配された各アリア、技巧もさることながら、どれだけ真実味をこめた歌唱が実現できるかに公演の成否がかかるということになる。そして、津山和代さん、やってくれた。見事。

命の恩人イメネーオと許婚ティリントの二人から求められ、女冥利に尽きるというか、義理と情のせめぎ合いに煩悶するロズメーネがドラマの中心、題名役でこそないけれど、アリアの数も重要度もこの役に集中している。第一幕、はじめはやや眠気を感じる舞台だったが、津山さんのロズメーネが登場するところで一変、それまでの歌とは全く違うんだから。そして、第二幕、第三幕とさらに良くなって、最後の"狂乱の場"(その後のベルカントオペラのはしりか)は聴いていてゾクゾクするほど。言葉にいのちを通わせるということか。ダカーポアリアで、前後に各2回、都合4回も同じ歌詞・旋律が繰り返される曲が、この人の場合にはちっとも冗長に感じない。バロックオペラの人物に感情移入できることは滅多にないが、今回は例外。

津山さんが出色だが、他の出演者も熱演。
 死ぬほど苦しむロズメーネに比べると、一緒にイメネーオに救われたクロミーリはやや脳天気な性格、この役を歌う木村直未さんは、軽めの明るい声質、津山さんとのコントラストが付いていて良いコンビだ。

永木るり子さんのティリントは、一生懸命しっかりと歌っているのはよく判るんだけど、どうしても平板に感じてしまう。昨年の公演よりは落ち着きも増しているし、美声だし、目立った粗もないのだが、なぜかインパクトがない。その点では森孝裕さんのアルジェニーオも同じ、この二人が先ず登場する幕開き、ちょっと退屈で。

迎肇聡さんというバスは初めて聴く人かと思うが、いい素材だと感じた。声に力があり、低いところから高いところまでムラなく響く。題名役なのに出番が少ないイメネーオだが印象に残った。今後に期待できそう。

プログラムでははっきり言及していなかった結末のこと、ロズメーネはイメーネオを選ぶことになるのだが、それは単に恩義に報いるということではなく、もはやイメーネオに強く惹かれるようになっているからと受け取れる。そのことは十分にヘンデルの音楽が語っている。ところが、なんだかよく判らない幕切れのシーンになってしまった。いったんはイメーネオを選んだはずのロズメーネが、再びティリントと結ばれるような終わり方だ。はて…

東京から日帰りで駆けつけた知人の弁では、この公演では最後のところを変えていたとのこと、どうも釈然としない結末。そんなことで謎が残ってしまったヘンデルの異色の作品だが、上演時間も長すぎず私にとってはちょうどいい感じ。来年の5作目の実現を期待したいものだ。

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