新国立劇場「タンホイザー」 ~ 10年の積み重ね
2007/10/14
シーズンオープニングの演し物は見逃すわけにはいかない。「タンホイザー」、あるときにはあるもので、今年は国内での上演が立て続く。名高い割にはかかることが少なくて、舞台を観るのは私は二度目。幸運にも11月のドレスデンの来日公演にも行けそうだが、もともとはエコノミーな新国立劇場に絞ってというのも、なんだか天の邪鬼ふう。
久しぶりの初台、オペラパレスなんて名前になっていても、中身は大して変わっていない。しかし、東京単身時代に通い詰めた頃と比べると、シングルキャストになって確かに上演のレベルは底上げされているようだ。あの頃にはAキャストを凌ぐ大当たりのBキャストがあるかと思えば、惨憺たる裏キャストもあったし。
タンホイザー:アルベルト・ボンネマ
ヴォルフラム:マーティン・ガントナー
エリーザベト:リカルダ・メルベート
ヴェーヌス:リンダ・ワトソン
領主ヘルマン:ハンス・チャマー
ヴァルター:リチャード・ブルンナー
ビーテロルフ:大島幾雄
ハインリッヒ:高橋淳
ラインマル:小鉄和広
牧童:吉原圭子
指揮:フィリップ・オーギャン
東京フィルハーモニー交響楽団
合唱指揮:三澤洋史
新国立劇場合唱団
バレエ:牧阿佐美バレエ団
演出:ハンス=ペーター・レーマン
衣裳・美術:オラフ・ツォンベック
照明:立田雄士
振付:メメット・バルカン
(第一幕)
序曲の初めからカーテンが上がっており、ゆっくりと奈落から装置がせり上がってくるという趣向。とは言っても、細長いアクリル板を組み合わせた柱状のものが何本も上がってくるだけなので、いささか凡庸なオーケストラ演奏とも相俟って、いまひとつ感興が湧いてこない。
パリ版なので、続くバッカナールのときにはダンサーが登場、エロティックな衣装と踊り、ただここでも盛り上がりに欠けるオーケストラ。歌が始まって、やや持ち直しの気配、どの人もこれはという歌唱ではないけど、オペラのサマにはなってきた。ヴェーヌスのリンダ・ワトソンはブリュンヒルデでも聴いているが、あのときのほうがずっといい感じ。タイトルロールのアルベルト・ボンネマ、声は出るにしても、いかにも粗っぽい歌い方、これはアウトローとしてのタンホイザー像か。
(幕間その1)
「序曲から延々と続くオーケストラ、ここぞと聴かせてくれないといけないのに、やっぱりいつもの東京フィル。もうちょっと気合いが入らないかなあ」
「ワーグナーなのに、うねらないですね。パリ版ですし、オーケストラが大活躍してもいいんですけど」
「あっ、そうだ。バッカナールのバレエ、セクシーなコスチュームだったけど、あれって、笑ってしまいそうで。まるで、タケモトピアノ」
「…」
「あっ、そうか。あれは大阪ローカル、コテコテの関西CMだった。きっと、新国立劇場のお客さんは知らないだろうなあ。でも、ネットで探したら映像もあるんじゃないかな。財津一郎が『ピアノ売ってちょーだい』とか歌って、周りでスキニーな衣装のダンサーが腰や胸を振って。恥ずかしくて説明できないですけど(とかなんとか、説明しとる)」
(第二幕)
前半はぼちぼちというところだったが、歌合戦から幕切れまでは圧巻。特に糾弾されるタンホイザーをエリーザベトが庇うところからが見事。登場のアリアではもっと若々しい声と歌を期待したのに、この役のリカルダ・メルベートは肩すかし気味だが、満場からの非難に立ちはだかる姿とイゾルデのような強い声は、この役に対する見方が変わるほど。このシーンでの照明の変化も素晴らしかったし、衣装も印象的。まるで慈母観音の衣の裾に放蕩児を包み込むような図だ。この演出家は仏教の影響を受けているのかな。
歌合戦の場面から以降は、イタリアオペラのアンサンブルフィナーレそのもの。ソリストのバランス、コーラスの見事さ(これまでの新国立劇場の水準ではない)、とても聴き応えのある30分だった。
(幕間その2)
「こんにちは。毎回ご覧になっているんですか?」
「ええ、勤め人になってしまいましたからね」
「ごくろうさまです。あの2階バルコニー舞台寄りが定位置なんでしょうか」
「あそこだと、オーケストラや歌手が近いですからね。歌い手が突然声が出なくなったりしたら、次の幕から交代というような決断を下さないといけませんから」
「そうなんですか、それじゃ今回のキャストも誰かがスタンバイを?」
「タンホイザーに事故あるときは、代わりはヴァルターなんですよ」
「あっ、順次繰り上がりということなんですか。そういう契約ですか」
「そんな事態も考えて、どちらも歌える歌手を呼んでいるんですよ」
「なるほど。ところで、今回の公演、オープニングのワーグナーだし、指揮台に立たれてもおかしくないのに、あの二つの演目を取られたのは、いかにも若杉さんらしいなあと思いました。今後のご健闘を」
「ありがとう存じます」
関西でも喫煙ゾーンで何度もお目にかかっているので、つい気易く声をかけてしまう私。腰掛けてカナッペを召し上がっていたのに、わざわざ立ち上がって、こんな天井桟敷の一住人に丁寧に応対される芸術監督というのは稀有なことかも。
(第三幕)
前半のコーラスを背景にしたヴォルフラムとルフラムとエリーザベトの場面、幕切れの救いを予感させるのではなく、むしろ諦めを感じさせる雰囲気がある。ヴォルフラムを歌ったマーティン・ガントナーは昨年のロドリーゴに続いて。この人のやや硬めの声もいい。生真面目で理想家肌、二つの役には通ずるものがありそうだ。
後半に登場するタンホイザー、ボンネマはパワー全開の歌い方で、よく言えば絶望の深さを表現しているし、悪く言えば自暴自棄のやけくそ気味の発声。ゲネプロのときは第三幕はきつかったらしいので、幕間に聞いた音楽監督のコメントが腑に落ちるところも。
何だかんだと言いながら、シーズン開幕、けっこう楽しめた。新国立劇場、まだ10年、紆余曲折はあっても10年にしては着実な歩みとも言えるかも。