ツェムリンスキー「こびと - 王女様の誕生日」 ~ 新監督の力こぶ
2007/11/25

若杉時代が終わって、新監督の最初のオペラ公演。もっとも、沼尻さんはびわ湖ホールが初めてという訳ではなく、私はここでブリテンの「小さな煙突掃除夫」を聴いたことがある。前監督がプロデュースオペラで続けていたヴェルディの初演シリーズが打ち切りとなり、「レニャーノの戦い」など、本邦未上演の作品がいくつか残ったのは残念だが、また、どこかで機会があるだろう。

それで、新監督が選んだ第一作が「こびと」、ものすごい路線変更になる。これは2001年に東京フィルのオペラコンチェルタンテシリーズで採り上げており(ストラヴィンスキー「夜鳴き鶯」とのダブルビル)、彼にしてみれば再演、福井敬、高橋薫子という歌い手も、そのときのキャストに同じ。手堅くスタートを切るということなのかという気もするが、沼尻さんはツェムリンスキーにずいぶん思い入れがあるようだ。この「こびと」の上演に至るまで、びわ湖ホールではワークショップやオーケストラ作品の演奏会など、7つのイベントが並び、その掉尾がオペラ上演のようだ。前回は演奏会形式だったので、これが日本初の舞台上演になる。

こびと:福井敬
 ドンナ・クラーラ(スペインの王女):吉原圭子
 ギータ(王女の侍女):高橋薫子
 ドン・エストバン(侍従長):大澤建
 管弦楽:京都市交響楽団
 指揮:沼尻竜典
 演出:加藤直

上演時間は1時間ちょっと、それじゃあんまり短すぎるからか、プレトークを独立させて芝居仕立てに、オスカー・ワイルドに扮した俳優と沼尻さんの掛け合いで作品のポイントなどを解説。なんだか苦肉の策という感じだ。

そして本編オペラ、これはなかなかの充実ぶりだ。こびとは王女の誕生日の贈り物、自らの醜い姿を知らず王女に一目惚れするが、初めて鏡の中に自分の姿を発見し絶望のあまり悶死するというお話。王女の無邪気さと裏腹の残酷さ、侍女の弱者に対する優しさ、こびとの絶望の深さ、それぞれの役の歌唱がドラマをぐんぐん推進していく。

なかでも鏡に掛けられた布を誤って落としたあとの福井さんの一人舞台は圧巻だった。鏡と言っても枠組だけでガラスはない。客席から見て鏡の向こう側に回って歌うのだが、ちょうどそれが鏡像になり、観客がこびと自身になったかのような錯覚を与える。考えてみれば、客席に背を向け、鏡に対して歌うのはオペラの舞台では無理があるから妥当な演出で、コロンブスの卵、それ以上の効果がある仕掛けだった。演奏会形式では味わえない、舞台ならではの魅力ということだろう。ここの福井さんの歌は、カニオやオテロの同じようなシーン、狂気に駆られた姿を彷彿とさせるほど。

オペラが始まってしばらく、こびとが最初に登場するシーンも印象的。舞台中央に大きな鳥かごのような装置があり、スポットがあたったところには、本当にこびとが。赤いフリルの上着、黄色いズボン、いやいや本当は黒いズボンだけど、背景や床の黒にとけ込んで、福井さんが半分になって出てきたようで、びっくりだった。

びわ湖ホールのピットではお馴染みの京都市交響楽団、この日の演奏はとても精妙で驚くほど。これからは沼尻さんが首席客演指揮者となった大阪センチュリー交響楽団がピットに入るようだが、それはそれで一層の緊密さが期待できるとは思うものの、京都市交響楽団が去るのも淋しい。

名古屋で「さまよえるオランダ人」を観たとき、ピットにはがっかりしたが、この日の演奏なら今後に期待できそう。今回のような上演機会の少ないオペラでの好演はともかく、沼尻さんの場合、メインストリームのレパートリーでの決定打に遭遇したことがないので、来年2月の「ばらの騎士」が試金石になりそうだ。

当日配布されたプログラムによれば、びわ湖ホールではプロデュースオペラの他に、沼尻竜典オペラセレクションというシリーズが始まるようだ。「こびと」に続き、来年10月には「サロメ」らしい。前任者がシラー原作のオペラを連続で採り上げたように、再びオスカー・ワイルド原作。関西のオペラファンにとっては年1回の機会が2回になるのは喜ばしいことだ。

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