西宮の「ヘンゼルとグレーテル」 ~ マーケティングの勝利
2007/12/23

東へ西へ、師走はオペラゴーアーも走る。昨日は大津(びわ湖ホール)、今日は西宮(兵庫県立芸術文化センター)。間違いなく器は西高東低、だから自前のコンテンツも首都圏と比肩できる水準に質量ともに達してほしいというのがファンの切なる願い。

まあしかし、ずいぶんと違いがある三連休のハシゴだった。共通するのは、いずれの会場も満員ということ。小ホールと大ホールの容れ物の違いは、かたやバロック、かたやワーグナー同時代なので当然としても、大津はコアなファンが目立ったのに対し、西宮は子供連れの多いこと。会場入口には、大量のブースターの棚が並んでいるぞ。曰く、「ご利用は、お子様のみでお願い します」、あったりまえ、前の席のオッサンが使ったら舞台が見えんぞ。「おわったら、もどしてね」なんてお願いも書いてあるぞ。

佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ<リバイバル>
 「ヘンゼルとグレーテル」(全3幕/日本語上演)
 ヘンゼル:小野和歌子
 グレーテル:福永修子
 魔女:浅井美保
 ペーター:油井宏隆
 ゲルトルート:越智千亜紀
 眠りの精:高山景子
 霧の精:岡田育世
 児童合唱:西宮少年合唱団
 バレエ:安田バレエスクール
 指揮:佐渡裕
 管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団
 訳詞:田中信昭
 演出:鈴木敬介
 美術:パンテリス・デシラス
 衣裳:渡辺園子

ちょうど1年前、チューリッヒで小野和歌子さん出演の「利口な女狐の物語」を観た。今回、その小野さんの名前がクレジットされているのに気づき、直前にオークションに出た最安席の半額チケットを即ゲット。4階バルコニーから乗り出して鑑賞。どちらもメルヘン、でも今回はかぶり物がなかったので、お顔を拝見。

2年前のこのプロダクションのプレミエには行けなかったので、今回が初見、素敵な舞台で楽しめた。この劇場のオペラ公演、舞台の人たちもオーケストラにもやる気を感じる。キャストはこれから伸びる歌い手を起用しているし、もともとオーケストラは若い。再演とは言え、昨年の「蝶々夫人」に比べても随分と上手くなった。そして、新国立劇場の覇気のないピットと違い、舞台との一体感が天井桟敷まで伝わってくるのは、劇場専属のオーケストラならでは。佐渡裕監督も指揮台でノリノリの風情。こういうのをやらせたら、彼のパーソナリティが全開という感じ。

子供のお客を想定して、楽しんでもらおうという意欲が溢れている。先のブースターもそうだし、プログラムには「オーケストラピットをのぞいてみよう」なんてチラシが添えられている。そのせいか、開演直前までピットの前は鈴なり状態。おまけに、プログラムの中には踊りの振付イラストまであるぞ。ほんとうに、カーテンコールの時にやっちゃうんだから。コンサートマスターが立ち上がってオーケストラが演奏を始めると、いったん閉まった幕が開き、グレーテルの歌に合わせて、出演者と客席の小学校低学年ぐらいの子供(なかには親も)が踊り出す。佐渡監督はと言えば、舞台の上でサンタクロース姿。これは関西のノリ、東京じゃこうは行かないだろう。

演出もエンターテインメント性を十分に意識したもので、わかりやすく楽しいものだ。前奏曲のバックで大勢のこどもたちの前に巨大な本が登場して、これから童話が始まるよということで、次に舞台奥からヘンゼルとグレーテルのお家が迫り出してくる。そこに小道具をこどもたちが運び込み、オペラが始まる。同じように後半ではお菓子の家が舞台奥から現れるし、そのときには何とフレイバー付き。嗅覚にまで訴える演出というのは異色。そして、最後にお菓子の家がバリンと壊れる仕掛け。森でヘンゼルとグレーテルが眠ってしまうシーンのバレエもとても綺麗。

逆説的に言うと、このオペラ、とても大傑作と呼べる作品じゃないし、音楽だけ、歌だけではちっとも面白くないので、この公演のようなアプローチは正解。そして、肝心の音楽がスカスカでは元も子もなくなるのですが、佐渡監督以下、スタッフ全員、大まじめにエンターテインメントを追求しているのが成功の要因だろう。二年ごと、クリスマスシーズンに、このプロダクションを再演するとのことだ。

歌い手では、ヘンゼルを歌った小野和歌子さん、長身だし少年役にはぴったり、この公演二回目の舞台で、安定した歌唱と演技。グレーテルの福永修子さんは、前半ちょっと声が出ない感じもあったが、尻上がりに好調ということろ。他の役もそれぞれのキャラクターをよく出していたと思う。

それにしても、4日連続公演で満席とは。いくら冬休みで子供の動員に期待できるとは言っても。これは阪急西宮北口という地の利も大きい。阪神尼崎のアルカイックホールで同じことをやっても、こんなに集まらないだろう。こちらが、「パパ・ママと、芸文センターへオペラを観に」という子供だったら、あちらは「とうちゃん・かあちゃんと、甲子園へ応援に」という具合だろうから。

この佐渡裕プロデュースオペラ、来年3月には「蝶々夫人」の再演、6月には「メリーウィドウ」の予定らしい。前者は7公演、後者は何とぶち抜き10公演、佐藤しのぶと塩田美奈子のダブルキャストということで、さらに追加公演があるかも。平日も関係なしの14時開演というのは、完全にターゲットは中高年、なかでもマダム連中。これは阪急電車で北へわずか15分、宝塚から客をゴソッと引っ張ってくるということではないかな。あちらと客筋は少し違うとは思うが、「やっぱり、ほんもののオペラがいいわねえ」という人が相当数出てきそうな気がする。

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