新国立劇場「アイーダ」 ~ 鉄ちゃん、後ろ髪
2008/3/10

会場で配布されるステージノートに挟み込まれていた一枚の紙。何とも罪作りな。それは、予定上演時間変更のお知らせ。3回の休憩が長くなり、22:15終演が22:30終演に変わるとのこと。幡ヶ谷に住んでいた頃なら気にもとめないのに、こちとら、翌日は大阪で仕事、この15分の後ろ倒しが致命的。初台22:35~22:37新宿22:34~23:04品川23:08(寝台急行「銀河」)という算段だったのに…

これだと、最後の牢屋の場面はパス、途中退場しかあるまい。まあ、そうと決まってしまえば、腹をくくって荷物を預け、ゆったりと鑑賞でもいいか。途中退出確定だから、時計を見ながらハラハラすることもないし、終演後のクロークの大混雑とも無縁だしと痩せ我慢。

アイーダ:ノルマ・ファンティーニ
 ラダメス:マルコ・ベルティ
 アムネリス:マリアンナ・タラソワ
 アモナズロ:堀内康雄
 ランフィス:アルチュン・コチニアン
 エジプト国王:斉木健詞
 伝令:布施雅也
 巫女:渡辺玲美
 指揮:リッカルド・フリッツァ
 管弦楽:東京交響楽団
 合唱指揮:三澤洋史
 合唱:新国立劇場合唱団
 バレエ:東京シティ・バレエ団
 児童バレエ:ティアラこうとう・ジュニアバレエ団
 演出・美術・衣裳:フランコ・ゼッフィレッリ
 再演演出:粟國淳
 照明:奥畑康夫

新国立劇場オープンのときの上演は見損ねたので、この「アイーダ」を観たのは5年前の再演のとき。その後、スカラ座でもゼッフィレッリ演出を観たけど、舞台の豪華さではこちらが勝る。今にして思えば、ずいぶん大盤振舞いをしたものだ。メットなら富豪の未亡人あたりがポンとお金を出してオシマイだが、こちらは税金、もう再演はないかと思っていたプロダクションだ。

前回の演出の記憶は薄らいでいて、正確に差異を指摘することはできないが、全く同じではない。凱旋の場で本物の馬が走ったりするのは一緒なのに、何かが違うような気がしてならない。思うに舞台に上がる300人の一人ひとりの動きに肌理細かさが欠けている。演出家本人や子飼いのスタッフが来ていないことが大きいのかなあ。

第一幕の幕切れ、アイーダの「勝ちて帰れ」で終わるところ。舞台の照明が徐々に落ちて行き、最後はアイーダひとりにスポットが当たった状態で幕が降りる。前もこんな演出だったかなあ。そこがやけに気になったのは、照明の絞り方がとても下手くそだったから。アイディアとしては悪くないのだけど、もう少しやりようがあるのに。一定のスピードで絞ればいいのに、ギクシャクとして何とも素人っぽい手際だ。

前奏曲が始まって、このリッカルド・フリッツァという指揮者、なかなかの才能と感心。ものすごく丁寧な音楽づくりだ。お友達の弁によれば、「マクベスのときは本当にびっくり」とのことだったが、私は聴いていない。前半の派手な場面では勢い余って滑ってしまうところもあったが、音楽が全く緩まないのが何よりだ。

タイトルロール、ノルマ・ファンティーニは安定していて不安がない。レパートリーの狭い人だが、それだけに歌い込んでいる役柄ということだろう。ときに自己陶酔的な逸脱を感じさせるところもあった歌い振りは影を潜めて、とても良くなっている。残念なのは、歌い終わっての嘆息や嗚咽のようなノイズを頻発させること。これは賛否両論かと。せっかくの余韻を壊すノイズと見るか、深い感情表現と見るか。

ラダメスのマルコ・ベルティ、あちこちでこの役に引っ張りだこのようで、とにかく勢いのあるテノールだ。テノールにとっては鬼門に等しい、いきなりの「浄きアイーダ」、やはりフラット気味に始まったが、あれよあれよのうちにパワーアップ、何ともすごい声が出る人だ。リリコが無理に歌うラダメスではなく、スピントの効いた声でガンガン聴かせる爽快感がある。いつもの4階席で、こんなに響いてくるテノールを聴くのは久しぶりのこと。これならあの巨大なファミリーサークル(メットの天井桟敷)で聴いてもノープロブレム。NYでクレジットされているのも納得だ。まあ、勢いに任せてという嫌いがあるのは、目をつぶるべきか。

このオペラ、前半の二つの幕は狂騒のうちに過ぎるだけで、後半にこそドラマがあると思うし、音楽の出来も全然違う。そのせいか、第三幕になるとソリストたちが俄然ヒートアップする。ファンティーニ、ベルティもなかなかのものだが、彼らに煽られることなくノーブルな歌を聴かせた堀内康雄さんが素晴らしい。アモナズロは得な役で、出番が少なくても目立つ。それだけに、ヴェリズモまがいに力任せに飛ばしすぎる危険もある。ところが、終始レガートを基調に、ここぞというところで強い声を聴かせる堀内さんは見事。ヴェルディはこうでなくっちゃ。あっぱれ。

全曲の中では第三幕と、続く第四幕第一場が、音楽的なピークだと思うが、こちらも満を持したアムネリスの独壇場だった。マリアンナ・タラソワ、それまではさほど印象に残る歌ではなかったのに。

この第四幕、4階席から3階席後方に移って立見。途中で抜けるということを係の人に伝えたら、そのような指示だった。三階席後方には立見スペースがあり、両翼部分はフローリングではなく、カーペットが敷かれていて、途中で出るときの足音が消せるということのよう。なかなか良くできている。初めての経験。

凱旋の場が終わって、お友達とのお話。
「あのバレリーナの人、美人だし、素晴らしいプロポーション、思わず眼が釘付けです」
「なんだか、いっせいに客席のオペラグラスが向いていましたよね。あの衣装もでしょ」
「えっ、あの、その…。ええっと、ところで、エジプト国王の人、斉木さんでしたっけ、誰かに似ていると思いましたけど、お判り?」
「…」
「ほら、あのテレビのお笑い番組に出ている、ムーディ何とかという人」
「あっ!ええっと、ムーディ~勝山!似てます、似てます。チャラチャチャ、チャラチャ~♪ですね。あの髭、直立不動、大真面目で、ナンセンスな歌詞で!」
「でしょ!ふふふ。次に見るとき、吹き出さないように」
「そ、そんな…。もう、自信ありません」

とまあ、何とも不謹慎な、畏れ多くもエジプト国王、世が世ならば不敬罪。誤解のないように付言rすると、斉木さんは好演。ともあれ、二日目以降の事態には私は責任を持てない。

同じ、イタリアオペラとは言え、上野とちょっと客層が違うような感じがする。ロッシーニとヴェルディ、レアものと超ポピュラー作品、簡素な舞台と豪華絢爛のそれ。ホワイエで見る人たちが違っても不思議じゃない。

「これ、仏壇かと思いましたよ。最近流行の現代風の…」
「えっ!」
「ほら、奥に位牌があるみたいでしょ。でも、舞台模型なんですね」
「…」
ほんと、アホなことを言っている私。

第四幕第一場の終了と同時に初台を後にし、品川から「銀河」に乗車。予想したように鉄ちゃん、鉄子が一杯だったが、何と、鉄爺、鉄婆の姿も多く、別れを惜しむオールドファンが押しかけているもよう。何しろ私が生まれる前から運行している夜行列車だもの。

平日、オペラを観終わるころには、新大阪行の最終の新幹線(シンデレラエクスプレスなんて言われたころもある)は既に発車している。なので、翌日の仕事に間に合うためには、東京駅23:00発の「銀河」となる。サントリーホール開場のとき、「蝶々夫人」の後に使って以来、何度かこの列車のお世話になった。乗心地は決していいとは言えないが、それなりの情緒はある。

いまや、のぞみ99号6:00品川発に乗れば、8:19に新大阪に着き、楽々出勤なので廃止もやむなしなんだろう。朝の新大阪駅ホームにも撮りテツ(鉄ちゃんの一類型)が大勢。かく言う私も、「アイーダ」もさることながら、そのあとの「銀河」寝台券を速攻で予約する乗りテツというところか。そんな目で見るせいか、駅員、乗務員もこころなしか感慨深げ。ラストランの14日には大騒ぎになりそうだ。

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