西宮の「蝶々夫人」 ~ 再演の功罪
2008/3/30

それにしても大した動員力だ。一昨年に上演されたプロダンクションが早くもリバイバルということ。前回が9日間で8公演、そして今回は8日間で7公演というのだから、鼻息が荒い。一体どうなっているんだろう。前回は別キャストで二公演を観たが、今回は、トリプルキャストのうち見逃した並河寿美さんの日に西宮に出かける。

蝶々さん:並河寿美
 スズキ:小山由美
 ピンカートン:アレッサンドロ・リベラトーレ
 シャープレス:キュウ・ウォン・ハン
 ゴロー:松浦健
 合唱:ひょうごプロデュースオペラ合唱団
 管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団
 指揮:佐渡裕
 演出:栗山昌良
 装置:石黒紀夫
 衣裳:緒方規矩子
 照明:沢田祐二
 合唱指揮:矢澤定明

昔は国辱ものと思っていたこのオペラ、歳を重ねるとともにだんだん良さが判ってきた。初演の失敗にも拘わらず作曲家が言ったように、これは大傑作だ。聴くたびに、上手いなあ、どうしてここまでツボを押さえた台本と音楽が書けるんだろうと感嘆する。

今年はプッチーニイヤーのはずが、作品の上演は例年並みのようで、それだけこの人の作品が愛好され日常的に上演されているということだろう。

それで今回の公演だが、再演の良いところと悪いところが、はっきりと見えてくる。

良いところは、舞台の動きがずいぶん熟れてきたこと。演出面での安定感がある。舞台上のぎこちない動きは影を潜め、人物の動きもスムース。前は「なんだ、こりゃ」と思った第二幕の終わりの回り舞台のノイズは消えたし、ハミングコーラスのうちに幕が下りるのは同じでも、ぶち壊しの拍手は出なかった。きっと、これは聴衆の成熟と言ってもいいのだろう。再演ならでは。

逆に、音楽面では前回に感じた熱が、再演では冷めてしまったところが否定できない。特に佐渡裕/PACオーケストラの演奏にその傾向が。そりゃあ、ほとんどのソリストは再登場で緊張感はないし、連日の公演ともなれば全力投球していたんでは体がもたないということだろう。メインのパート以外は目立たないところでは適当に力を抜いてという雰囲気が漂ってくる。その結果、プッチーニの音楽がずいぶん安っぽく聞こえる。もともと、徹底的にスコアを読み込んで清新な音楽を提示するという指揮者ではないから、ルーチンのように流れてしまったら、聴いていて何の驚きもない。

タイトルロールの並河寿美さん、前回はトリプルキャストの三番手で、私は今回初めて聴いたが、第一幕では可もなく不可もなくという感じ。ピシッとターゲットの音に当たらないところが耳について、もやあっとした印象がつきまとう第一幕だった。ピンカートンを歌ったアレッサンドロ・リベラトーレも再登場だが、前回よりは良いものの、声の力、声の輝きに欠けることが覆い隠せない。

この二人の幕切れの長いデュエットは、人を得たらならば陶酔的な高揚感があるはずなのに。そう、このデュエットは、「ばらの騎士」の幕開きが"その後"なら、こちらは"その前"の音楽。どちらも、オーケストラと歌い手次第では、行為そのものよりも濃密なものが伝わってくるところだが、そうはいかないことに欲求不満が募る。ほんと、最後の最後にオーケストラを派手に鳴らしたってねえ…

並河さんは対話中心の第二幕では丁寧な歌いぶりでなかなかいい。いつものように、シャープレスとの場面ではポロッと涙が落ちるのでこのオペラは苦手だ。ここは普通にやっていても感動的なところだけど、もっとオーケストラが雄弁であれば、どれだけ…

今回も、スズキの小山由美さんと、ゴローの松浦健さんの歌唱と演技に見るべきものがあった。しかし、あまり目立ってしまうのもどうかという気がする。本来、脇が締まって錦上花を添えたという表現ができたらベストなんだろうが。

今年の夏は「メリーウィドウ」の12公演という破天荒さだ。この日、会場で配られたチラシには追加公演決定との文字が躍っていた。なんだか演目もプロモーションも劇団四季ふうになってきた。監督の名前だけがあってソリストの記載がないとか、会員組織を作ってチケット販売までさせるとか、そんなことにならないよう祈りたいものだ。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system