デジレ・ランカトーレのリサイタル ~ 月に群雲…
2008/4/28

デジレ・ランカトーレのリサイタル、半額チケットも出回っていたようなのでガラ空きかなと思ったら、それほどでもなく、7~8割方は埋まっていた。直前ダンピングが功を奏したか、スポンサーのOMCカード(何故かホワイエに場違いな申込カウンターがあった)が招待券を配ったか。

プログラムは手許のチラシから異動がかなりあった。そしてアンコールは東京と少し違ったようだ。

 モーツァルト:「魔笛」~「愛の喜びは露と消え」
 ヴェルディ:「リゴレット」~「慕わしい人の名は」
 ドニゼッティ:「連隊の娘」~「さようなら」
 リスト…ロッシーニ:「ヴェネッイアの競艇」(ピアノソロ)
 ロッシーニ:「結婚手形」~「この喜びをお伝えしたいのです」
   * * *
 パイジェッロ:「ニーナ、または恋に狂った娘」~「いとしい人が来るとき」
 ドニゼッティ:「愛の妙薬」~「受け取って、あなたは私のために」
 マスカンニ:「アヴェ・マリア」
 ベッリーニ:「カプレーティとモンテッキ」~「ああ幾たびか」
 リスト…ドニゼッティ:「ルチアからの回想」(ピアノソロ)
 ベッリーニ:「夢遊病の娘」~「親愛なる友よ…今日は何と素晴らしい日」
   * * *
 バーンスタイン:「キャンディード」~「着飾って、煌びやかに」
 ガーシュイン:「ボーギーとベス」~「サマータイム」
 アルティッティ:「口づけ」

彼女の歌を聴くのは一年あまりの間で、これが5度目になると思うが、満足度は回を重ねるごとに低下しているのが残念だ。音程が狂う訳ではないのに、声質の不均一がそれ以上の居心地の悪さを感じさせる。聴くことが快感でないのが辛いところ。

全く響かない中音域を境に、綺麗な高音域(かすかな傷みは感じる)と、くぐもった低音域が交錯する。声が前に出たり後ろに引っ込んだりという感じで、グルベローヴァが同じ曲を歌ったときに感じる安定感や心地よさから遙かに遠い(耳直しにCDを聴きたいぐらい)。

そんなことで、プログラムの中で、ピアノソロを弾いたアントニーナ・グリマウドのときに、私はランカトーレ以上の拍手をしていたのだから、歌手のリサイタルにしては異常事態、自分でもこんな経験はこれまでない。

リスト編曲の二つのピース、歌の伴奏のときは下手なピアノに聞こえたのに、ソロではなかなかの冴え。リサイタルの喉休めのピアノソロの選曲として、とてもいいし、リストという作曲家がオペラを愛していたことを感じさせる。

でも、ロッシーニの「ヴェネツィアの競艇」なんて、もともと歌なのに。チラシを見たとき、てっきりランカトーレが歌うんだと思っていた。逆に、マスカンニの曲は「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲に歌詞をつけたもの。なんだか、ヴォーカルとインストルメンタルの倒錯の趣き。

プログラムの構成で言えば、歌はロマンツァ一辺倒のワンパターン的なところがあり、変化に乏しいとも。「連隊の娘」は「フランス万歳」と、アップテンポで声の輝かしさを誇示するところまで続けると思ったのに、まさかと思う尻切れ。リサイタルなのに。カバレッタは遂に「夢遊病の娘」だけ。

彼女、舞台から盛んに愛嬌を振り撒いて、客席もけっこう盛り上がっているのだが、どうも私は醒めてしまって、「ほんとに、この歌でいいと思うの」、なんて感じ。自分の審美眼がどうかしているのかな。

これじゃ、不満たらたらで終わってしまうリサイタルだったが、救いはアンコールのバーンスタインとガーシュイン。そのことが、いいのか悪いのか微妙なところ。ただ、現在のランカトーレに一番合ったレパートリーじゃないかと。ここでは彼女のまちまちな声質がプラスに作用している。

「サマータイム」なんて、イタリアの歌い手がこんな陰影のある表現が出来るのかと思うほど。クネゴンデも同様、この歌の分裂気味のところが何ともぴったりはまる。アンコールにこの二曲を持ってくるということに、ランカトーレ自身が今の自分を自覚してるんじゃないかとさえ思える。ただ、惜しむらくは、こういう現代の傑作は極めて少数であること、膨大なベルカントのレパートリーに取り組むには技術面の敷居が高いのが現状であること。なかなか世の中うまく行かないものだ。

三階バルコニーだったので、歌手を横から見下ろすポジション。休憩の後、ブルーのドレスに着替えたランカトーレ、オペラグラスで見ていると、肩の後ろに白いテープ状のものが。肩紐が落ちてくるので防止用に両面テープを貼っている。それでもずり落ちるので、曲の間に舞台袖に引っ込んだあと、今度は茶色いものが背中に。私は腰に湿布薬、彼女は肩にピップエレキバンかと思ったら、何と、ガムテープを輪っかにして補強。いやはや、大雑把と言うか、愛すべきキャラクターと言うべきか。こんなの見たのも初めて。

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