いずみホール「ランスへの旅」 ~ Takoyaki alla Rossini
2008/5/10

レアものオペラなのに、これが三度目の鑑賞だから、普通のレパートリーになってきたということかしら。でも、初めて聴いてぼちぼち20年経つし、やはりレアものには違いない。それが、ウィーン国立歌劇場の来日公演でもなく、東京のオールスターキャストでもなく、大阪で、いずみホールで上演されることになるとは。

コリンナ:佐藤美枝子
 メリベーア侯爵夫人:福原寿美枝
 フォルヴィル伯爵夫人:尾崎比佐子
 コルテーゼ夫人:石橋栄実
 騎士ベルフィオール:清水徹太郎 
 リーベンスコフ伯爵:松本薫平
 シドニー卿:井原秀人
 ドン・プロフォンド:久保田真澄
 トロンボノク男爵:折江忠道 
 ドン・アルヴァーロ:牧野正人
 ドン・プルデンツィオ:萩原寛明 
 ドン・ルイジーノ:松岡重親
 デリア:老田裕子
 マッダレーナ:福島紀子
 モデスティーナ:櫻井裕子
 ゼフィリーノ、ジェルソミーノ:清原邦仁
 アントーニオ:萩原次己 
 指揮:佐藤正浩
 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
 演出:岩田達宗

大阪では初めての上演となる「ランスへの旅」、私としては前二回以上に楽しめた。このオペラに初めて接したころは、ロッシーニと言えば「セヴィリアの理髪師」、せいぜい「シンデレラ」という時代で、目眩くような豪華キャストととは言え、カバリエの巨躯がやけに記憶に鮮やかなぐらい。それを思えば、この20年のロッシーニ・ルネッサンスは著しいしものがある。

プログラムを見て、このオペラには9つのナンバーしかないんだと、改めて認識。それで二回の休憩を挟んで正味2時間40分だから、いかに一つひとつのナンバーが長いかが判ろうというもの。ガラパフォーマンス的なオペラなので、アンサンブルというよりも個々の力量が問われる作品だと思っていたが、今回のキャストには穴がないので驚いた。2002年に東京で聴いたときは、出来のよくない人も混じっていたのに、東西混成キャストとは言え、大阪でよくここまでメンバーを揃えられたなあと感心。地元で何度も聴いている福原寿美枝、尾崎比佐子、井原秀人といった人については、私の知る限りのベストの歌唱ではなかったかと。そして、ソロもさることながら、二回の休憩前の六重唱と14声の大コンチェルタートが圧巻、アンサンブルに聴くべきものがあった。これはよくリハーサルしている。一回限りの公演ではもったいない。ソロににしても回を重ねるほどによくなるはずだし。

3年前、いずみホールでの「カルメル会修道女の対話」で注目した石橋栄実さん、今回はコルテーゼ夫人という大役に挑戦だ。開幕いきなりの大アリアだし、以降は狂言回しやアンサンブルの要でもある役、さあどうなるかなと期待していた。この人、姿も動きもとてもチャーミングだし、もちろん歌も。ただ、最初のアリアは70~80点ぐらいかな。緊張もあったのだろうが、前半部分の声質の安定と、後半部分のフィオリトゥーラの冴えに課題が残るかなという感じ。3年前に聴いていなければ、もっと期待水準が低めに設定されていたはずなので、手放しで素敵なコルテーゼ夫人というところだった。

期待水準で言うなら、ずいぶん高めに設定している佐藤美枝子さん、この人は期待どおり。東京ではフォルヴィル伯爵夫人を歌っていたようだから、コリンナ役は初めてかな。前半と終曲にハープ伴奏での独り舞台、コリンナはずいぶん得な役だが、逆にそれだけの歌唱も要求されるという厳しさもある。この歌なら、どこに出しても恥ずかしくない。

そんなことで、佐藤美枝子さんは素晴らしいにしても、逆に彼女ひとりが突出してしまうのではないかとの危惧もあった。そうなってしまうと、このオペラは楽しめない。ところが、登場人物の一人ひとりの頑張りがロッシーニの愉悦をもたらしてくれた。中音域にもっと潤いがほしいとは思うが、松本薫平さんの気持ちよく当たる高音は爽快だったし、折江忠道さん、久保田真澄さんの歌と芸達者ぶりにも満足だし、井原秀人さんは声の傷みを微塵も感じさせない好調さだった。

2006年に東京で行われた公演のプログラムに、そのときの指揮者アルベルト・ゼッダが「このオペラを上演する方法はふたとおり。世界中から選りすぐりのロッシーニ歌手を集めるか、若手を集めてじっくり練習するか、いずれかに尽きる」とコメントしているそうだが、今回の公演は後者に近いものかなと思う。非常によくバランスがとれたキャストで、きちんと準備すればここまでやれるという印象だ。

オーケストラはカレッジオペラの座付オーケストラ、いつもきちんとした演奏をする若いオーケストラだが、ちょっと真面目すぎるという感もある。ロッシーニなんだから、最初からノリノリで弾いてほしい。せっかく舞台にのっているんだし、歌手陣は大熱演なのだから嬉々として演奏してもらいたいもの。ちょっとノリが遅い感じでした。

舞台寄りサイドバルコニー、客席まで駆使した岩田達宗演出は、ホールという制約のなかで目一杯やっている感じ。とは言え音楽を邪魔することもなく、センスの良さを感じる。客席後方や側面から歌い手が登場することも多かったし、終曲のとき舞台上の人物が客席後方に視線を注いでいたので、1989年のアバドのときのように客席の大名行列、じゃなかった戴冠式の行進でもあるのかなと思ったが、さすがに、それは予算の制約もあったようで…

舞台奥のオルガン前に置かれ全く使われていなかったロープ、最後にフランス国旗でも掲揚するのかと思っていたら、カーテンコールのときに引き上げられたのは大きなロッシーニの似顔絵だった。「Maestro Rossini 賛江」とか何とか、そしてロッシーニの手にはタコ焼き。きっとイタリア人なら粉もんOK。トリュフのスライスでも載せたら、ロッシーニ風になるに違いない。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system