児玉宏音楽監督就任記念/大阪シンフォニカー定期 ~ 意表を突く
2008/6/20

ずいぶん前のこと、職場の部下が近所の蕎麦屋で食事をしていたとき、ボサボサ頭のホームレスと見まごうオジサンが入って来てギョッとしたら、それが某有名指揮者だったという話を聞いたことがある。ひと世代うえには、舞台衣装を着ていなかったら、クラシックに縁がない人には怪しい人物と見られてもおかしくない人が多いのに、今どきの指揮者は、毎日の通勤電車で見慣れた普通のサラリーマンと区別がつかなくなった。
 今回、大阪シンフォニカーの音楽監督に就任した児玉宏氏も、風貌だけを言うとフツーの代表格、でも芸術家なので、演奏は普通じゃないほうが歓迎。

ウォルトン:戴冠式行進曲「王冠」
 R.シュトラウス:交響詩「マクベス」Op.23
 プロコフィエフ:交響曲第7番嬰ハ短調Op.131「青春」

少なくとも就任記念演奏会のプログラムは普通じゃない。もちろん、それだから、興味津々でチケットを買ったのだけど。こんなプログラムを組むのは、初球からいきなり癖球という感じだが、この日発表になった2009-10プログラムを見ても同様の傾向があるので、この人のポリシーなのかも知れない。

前任者、大山平一郎氏の企画であった昨年度のいずみホールのシリーズ、プログラムは大変に興味深かったのに、演奏の出来不出来(練習の多寡?)が目立ち、少し残念な思いをした。それが、新しい音楽監督を迎えた途端に、こんなに違うものか。大山さんがレイムダック状態だったとは思いたくないけど。

いずみホールでは管楽器の出来がよくないことが多かったのに、この日は全く危なげないどころか、えらく上手くなったように聞こえる。最初のウォルトン作品こそ、作品自体のつまらなさもあり、各パートが勝手に鳴らしている風情で、オーケストラが散漫に響いていたが、シュトラウスになって俄然密度が濃くなった。そりゃあ、この曲じゃ指揮者に付いていかないと、まともに演奏することも覚束ないし。

児玉さんは、新国立劇場の「サロメ」で、若杉さんの代役としてピットに入ったのを聴いたが、シュトラウスを得意にしているのだろう。「サロメ」以前の作品だから、けっこう激烈に走るところもある音楽を、暴走させずまとめるのはなかなかの手腕とみた。

休憩後のプロコフィエフが何と言っても一番。大編成だけと、構造が透けて見えるようで、とってもわかりやすい曲。わかりやすいのはいいけど、ショスタコーヴィチにひけをとらない諧謔ぶり、これを共産党のお偉方が並ぶ前で演奏するのは非常に危険な気がする音楽だ。初演が1952年、いわゆる「雪どけ」の前、作曲家がスターリンと全く同じ日に死亡するのは翌年だから、リスクはあったはず。

第一楽章はソナタ形式だけど、普通の違って第一主題と第二主題の性格が全く逆になっているユニークさ。中間の楽章では管楽器が人を喰ったような軽やかなリズムを刻む。終楽章に至っては、最後の交響曲なのに肩の力を抜いて快速で駆け抜けポンと終わる。もっとも、バルコニーから見下ろすヴァイオリンのパート譜には二通りの終わり方が書かれていて、どっちをやるのかなと見ていたら、ピチカート一発のオリジナル版。

作品自体がとっても面白いし、児玉さんのリードも素晴らしい。よく歌っているし、心地よいリズム感もある。各セクションの集散もなかなかの呼吸。この一曲を据えたことで、就任記念定期演奏会は成功と言えるだろう。

注文をつけるなら、在阪オーケストラの定期演奏会では、素人の耳にも一夜のプロクラムを構成する曲目の練習の多寡が聴き取れてしまうのが通例であり、これを何とかしてほしいもの。大阪フィルはその域を脱しつつあると思うし、この日の演奏を聴く限り、児玉監督の下でシンフォニカーもレベルアップする予感がある。

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