サイトウキネンフェスティバル「利口な女狐の物語」 ~ 夏休み最終便
2008/8/31

昨年に続き、夏の終わりの松本へ。中部山岳に足繁く通っていた頃には、立ち寄ることもなく、せいぜい通り過ぎるだけだった信州のスポットを経由して車を走らせる。遠回り、中央自動車道を離れ山岳ドライブに。秋葉街道152号線を北上。赤石岳や千丈ヶ岳といった3000m峰の麓も、昔の光景とはずいぶん変わったようだ。以前にはなかったダム湖に戸惑うし、対向困難な場所もあるけれど、道も見違えるほど整備されている。中央構造線露頭部を見て、絵島囲み屋敷を訪れる。どちらも第一級の観光スポットではないのが、いかにもへそ曲がりの旅行。松本周辺のドライブなら美ヶ原あたりと相場が決まっているが、こちらは西からのアプローチだもの。

中央構造線って紀ノ川と四国の吉野川を結ぶラインじゃなかったのかと思っていたら、ここがフォッサマグナとの結節点のよう。ここから西にナイキのマークを裏返したようにな形になっている。両側の地質の違いは色にもはっきり。ふむふむと感心していると、地学研究のクラブのような高校生ぐらいの集団が現れる。川遊びの家族連れしかいなかったのに、私が客寄せした訳でもないのに時ならぬ盛況に。ははは。

絵島の囲み屋敷というのは往時を復元したものとのことだが、その質素さに驚く。歌舞伎役者との醜聞を問われて流罪とはいえ、高遠に幽閉三十数年、嵌め殺し格子の八畳間で起居、一切の奢侈を許さずというのは、大奥最高位の女中、御年寄という地位や罪状にしては厳し過ぎる処遇とも思える。「篤姫」で松坂慶子が演じた幾島も、絵島と同じ役職の御年寄。その間150年だから、徳川の時代は長かったと、妙なところに感慨を抱く。

とまあ、ヘンな伊那観光をしていたら、オペラの時間も近づいてくる。朝、あんまり美味しいものだから、新鮮な卵かけご飯を三杯、お昼を過ぎてもいっこうにお腹が空かない。褒貶半ばする伊那名物ローメンはまたの機会にして、一路松本へ。塩尻北インターから混雑する国道19号を避けて裏道づたい。なんとか開演20分前、まつもと市民芸術館に到着。

女狐ビストロウシカ:イザベル・ベイラクダリアン
 森番:クィン・ケルシー
 森番の妻:ジュディス・クリスティン
 校長:蚊:デニス・ピーターソン
 神父:あなぐま:ケヴィン・ランガン
 行商人ハラシタ:デール・トラヴィス
 雄狐:ローレン・カーナウ
 宿屋の主人:松原友
 宿屋の女房:増田弥生
 犬ラパーク:マリー・レノーマン
 雄鶏:黒木真弓
 きつつき:牧野真由美
 合唱:東京オペラシンガーズ
 児童合唱:SKF松本児童合唱団
 管弦楽:サイトウ・キネン・オーケストラ
 指揮:小澤征爾
 演出・衣装:ロラン・ペリー
 装置:バーバラ・デリンバーグ
 照明:ペーター・ヴァン・プラント
 振付:リオネル・オッシュ

「こんな、バレエ音楽みたいな感じだったかなあ」というのが、幕開けの第一印象。歌、台詞よりもオーケストラのほうに重きがある、そちらで自然の輪廻のようなものを表現していく作品と思っていたのに、なんだか動物や虫の動きに合わせた音楽のような聞こえ方をする。悪く言えば、薄っぺらな感じ。

メンバーは名手揃いのはずだけど、私が勝手に思っているこの音楽のよい意味での軽さが表現できていなくて、リズムも響きも重いなあ。薄っぺらで重たいとは、何とも奇妙な印象だけど、他に言葉が見あたらない。いつも一緒にやっているメンバーではないし、フェスティバル期間を通して全員が松本に滞在するのでなく、入れ替わりもあって、運営上の困難もあるのだろう。そんなこともあってかどうか、熟成の暇がないということかな。

このオペラ、2年前に初めて観たときは、休憩なしの通しの上演だった。2時間弱、幕間をパントマイムで旨く繋いでいたので、ドラマと音楽の連続性が保たれていたのが印象的だった。そのときも、動物のかぶり物がよくできていたが、今回もなかなかのコスチュームだ。動きの点でのダイナミックさは前回に分があるし、振り付けに一ひねりほしい部分もあるが、それでもけっこう楽しめた。

セットも予想を上回る綺麗なもの。くさむらの中やヒマワリ畑の中から人物(動物)が現れるところ、土中のアナグマの巣の構造を見せるところ、酒場のシーンの背景の壁に動物の首の剥製が並びモノクロテレビが埋め込まれていて、(たぶん)チェコの天気予報番組を流すところ、同じセットが次の幕では雪の中に埋まっているところ、森番の家の背景の崖に亀裂が入り今にも崩れそうなところなど、見ていて楽しいし飽きさせない。それぞれのメッセージ性はあまり考えても仕方ないかなという感じだが、詰まるところ生命の輪廻、小難しく演出で捏ねくり回さなくとも、それはヤナーチェクの音楽の流れが自然に伝えるものだと思う。

出だしの不安はともかくとして、幕が進むにつれて、音楽もだんだん自然に流れるようになってきた。それぞれの出番が短いこともあるが、歌い手は満足できる水準だ。チェコ語を聞いても判らないので、こういうときの字幕は助かる。

全四回公演中の三度目、唯一の週末であるこの日の公演では、客席に東京や大阪の知った顔をたくさん見かけた。なかには顔を合わせて互いにびっくりするような友人の姿も。まあ、このフェスティバルはそういうイベントでもあるのだろう。

以前は、週末の公演でも日帰りが難しいような開演時刻を設定していたものだが、昨年からは終演後に東京に戻れる時間になった。主催者がケチな考えを改めたのは、とても良いこと。午後6時前に終われば帰りたい人は東京や名古屋(大阪)に戻れるし、その日は郊外の温泉に泊まり、ゆっくりとお湯に浸かって美味しい食事というリゾート気分を満喫したい人のニーズにも適う。それが結局はフェスティバルに大きな負担をしている地元経済への還元にもなると思う。たんに市民や県民だけのためのものではなく、全国から人を吸引できてこそのフェスティバルであり、それこそ地元にとっての無形の財産だし誇りにも繋がるということが、ようやく判ってきたのかなと思う。

前後二泊、信州に滞在という、私にとっても夏休み最終便。土曜日は大雨だったが、日曜日、月曜日は天候も回復、公演翌日に、夏休みの喧噪も収まった上高地を久しぶりに訪れた。何度目か忘れるほどだが、山登り以外で来たのは、たぶん初めてじゃなかろうか。

山に向かって車を走らせていたら、国道158号線沿いに、何とも見事なヒマワリ畑を発見、広い敷地に人の背丈以上に伸びた黄色い絨毯。まるでオペラの舞台から抜け出したかのようだ。

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