カリユステ/大阪センチュリー交響楽団 ~ 独墺の軛は解けて
2008/9/26

今年の大阪センチュリーの定期演奏会は異色のプログラムが並んでいるが、その中でもずいぶん変わったプログラムだ。

ペルト:三聖唱
 シベリウス:組曲「カレリア」作品11
 デュリュフレ:レクイエム作品9
   トヌ・カリユステ(指揮)
   加納悦子(メゾ・ソプラノ)
   黒田博(バリトン)
   大阪センチュリー合唱団
   ころぽっくる合唱団(児童合唱)

ベルトの三聖唱という作品、てっきり声楽付きの作品だと思っていたら、さにあらず。これは弦楽だけの曲だけど、聴いていると声そのもの。ほとんどすべてのフレーズが声楽に置き換えても違和感がないと思う。あえて、声の代わりに弦楽を用いて普遍性を確保しようとする作曲者の意図なんだろうか。そんなことを感じながら聴いていた。佳品という印象。

次の「カレリア」組曲だけが、ポピュラリティのある作品ということになる。後で聴く「レクイエム」もそうだけど、この指揮者は声楽、あるいは三聖唱のような声楽の語法で書かれた作品に適性があるようだ。それもそのはず、後で(いつものことだが)プログラムを読んだら、あのスウェーデン放送合唱団の首席指揮者を務めたという経歴。なあんだ、そういうことだったのか。

で、「カレリア」組曲のほうは、声楽ライクの曲と違って、繊細さ丁寧さよりも闊達さにシフトしたような演奏だった。最後の有名な「行進曲」では結構オーケストラを煽るようなところも。

デュリュフレの「レクイエム」、ずいぶんと独墺系のそれとは違う。まあ、フォーレの曲に近いと言えなくもない。先日の大阪フィルの「グラゴールミサ」も異色の宗教曲だけど、こちらもなかなか。このような作品が立て続けに演奏されるというのは大阪の音楽シーンも様変わり。長く続いた独墺系の軛から解放されてきているのは歓迎だ。

独唱の加納悦子さん、黒田博さんは対照的、表現力、訴求力ともに加納さんの圧勝。黒田さんが悪いわけではないが、取組姿勢が全く違う。あんなに短いパートなのに、なぜ諳譜でやらないんだろう。全編出ずっぱりのコーラスでもないのに。それに、黒田さんより長い出番の児童合唱は譜面など持っていない。みっともない姿だ。見ながら歌うのと、諳んじて歌うのでは、声の伝わり方からして違う。

大阪フィルのコーラスもずいぶん良くなりましたが、定評のある大阪センチュリーのコーラスは一日の長がある。安定している。

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