新国立劇場「トゥーランドット」 ~ 幸先よいオープニング
2008/10/4

今年もまたシーズンオープニング演目を観る。昨年の「タンホイザー」はヘンな演出という印象が残っていたが、今年の「トゥーランドット」も風変わりな演出であることは同じ。大きな違いは、今回の演出はユニークで良くできたもの、と言うか、優れたアプローチと評価できるということだ。

姫の衣装も超重量級で絢爛豪華の極地のメットの舞台、巨大な生首がドンと据えられたコヴェントガーデンの舞台、この新国立劇場でも前回のヘンなプロダクションを観ている。でも、これまで観た「トゥーランドット」演出では、今回のブロックハウス演出が一番の出来映えではないかな。新国立劇場のレパートリーでも、トーキョーリングに匹敵する面白さかと。

トゥーランドット:イレーネ・テオリン
 カラフ:ヴァルテル・フラッカーロ
 リュー:浜田理恵
 ティムール:妻屋秀和
 アルトゥム皇帝:五郎部俊朗
 ピン:萩原潤
 パン:経種廉彦
 ポン:小貫岩夫
 官使:青山貴
 合唱:新国立劇場合唱団
 児童合唱:NHK東京児童合唱団
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
 指揮:アントネッロ・アッレマンディ
 演出・照明:ヘニング・ブロックハウス
 美術・衣裳:エツィオ・トフォルッティ

1920年代のイタリアに中国の旅回り一座が来たという設定とのこと。「トゥーランドット」のドラマ、と言ってもリューの自死までが、劇中劇として演じられる。冒頭の荒々しい和音が鳴り響く前、ずいぶん長い時間をかけて舞台が作られていくのを見せる。中央に一座の舞台、その上にはバンダ、舞台を取り囲むように遊園地のようにメリーゴーランドやブランコや屋台が並んでいく。本物らしいジェラートを食べたり、上手袖では果物屋が西瓜を切っている。結構ディテールに凝っているのが見て取れる。主役たちが衣装と仮面を付けたところで、はじまり、はじまり。

プッチーニの絶筆となったリューの死の場面と、弟子の補筆で完成したその後の音楽とのどうしようもない落差、木に竹を接ぐと言うか、もともとこんな風に筋を繋ぐこと自体に無理があるのは誰しも解ること。だから、どんな上演を観ても、「まあ、こんなものか」と最後の場面は聞き流すのが通例。ところが、このブロックハウス演出では、音楽は続くが、スパッと切り離してしまうというソリューションを用意している。劇中劇の終わりで、登場人物たちは現実の衣装に戻る。同時に、本来のプッチーニの音楽に区切りをつけた上で、アルファーノ作のエンディングには毒を含んだ演出を施している。

このあたり、プッチーニの晩年の若い女中とのスキャンダルが下敷きになっているようで、彼女の自殺がリューの死に重ねられている。と言うことは、姫とカラフは奥方と作曲者自身で、「トゥーランドット」の表面的なハッピーエンドの裏の空疎さが伝わってくる。気がつかなかったのだが、ティムールはリューの死の後は椅子に腰掛け、ずっと背を向けたまま、トゥーランドットとカラフには一瞥もくれなかったそうな。そんなことも白々しい空気が流れていた理由だろうか。

この大転換の前、リューの最後の歌が絶品、浜田理恵さん、渾身の歌唱ではなかろうか。「氷のような姫君の心も」のアリアもさることながら、それに先立つレチタティーヴォの部分がこの公演の白眉。あまり気にかかる部分ではないのに、何という素晴らしさ。続くアリアはおまけじゃないかと思えるほど。

フランスものを得意とする人だが、なぜか私は、ジョヴァンナ・ダルコ、エリザベッタ・ディ・ヴァロアだとか、蝶々さんなどのイタリアもので聴く機会が多い人だ。リリコ・レッジェーロでも歌えるにしても、真性リリコでないとリューの腹の据ったところは出せないなと気づいた浜田さんの歌唱だった。前半の歌はそんなに目立った訳じゃないのに、最後の場面で逆転ホームランをかっ飛ばしたという印象だ。

新国立劇場のプロダクションとしては、珍しくキャストに穴がない感じ。まさに北欧の金髪、トゥーランドットのイレーネ・テオリンは氷のような…というイメージにぴったりで、声の鋭さまではまり役。

カラフのヴァルテル・フラッカーロはテヌートが過ぎるところもあるが、ずいぶん丁寧な歌い方で、パワーも文句なし。2年前、ミラノで聴いたラダメスではずいぶん慎重な歌い方のように思えたが、今回はかなりリラックスしていて声もよく出る。もっとも、あのときはアラーニャ事件の直後ということもあって、劇場の雰囲気も普通じゃなかったから。

ティムールの妻屋秀和さん、小沢一郎を善人顔にして大柄にした風情だなあなんて、妙なところに気が行ってしまうが、いまや新国立劇場の座付バスのような存在、安定感がある。驚きは、アルトゥム皇帝に配されたのが五郎部俊朗さんということ。声を失った往年のテノールが歌うことの多い役なのに、まだまだ現役の人というケースはあまり聴いたことがない。老人メイクで本当に彼が歌っているのか判らないぐらい。

キャストの充実に加え、オーケストラもよく締まっている。何と言っても演出が面白くて刺激的。いろんなものを盛り込んで、舞台上の動きも目まぐるしい。しかと、それが自然な動きで、音楽を邪魔することもない。と言うことで、私としては大満足のオープニングだったが、終演後の客席の反応はそれほどでもない。全体としても一風変わった演出、しかも幕切れに大噴出したのだから、日曜日の聴衆にしてみれば戸惑いが大きかったのかも。賛否両論の出そうな演出であることは間違いない。私はProのほうだけど、Conの方々も多かろう。まあ、それもオペラの楽しみ。

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