ウィーン国立歌劇場来日公演「ロベルト・デヴェリュー」 ~ プリマドンナの力
2008/10/31

ウィーン国立歌劇場来日公演、「コシ・ファン・トゥッテ」、「フィデリオ」には目もくれず、一点張り。そりゃ、お財布が寂しいせいもあるけど。
 東京出張の予定が入ると何を観ようかと考えるのがいつものパターン、でもこれだけは先にチケットを手配。往復旅費を含めると高くつくが、それだけの値打ちがあると信じて…

エディタ・グルベローヴァ、もう還暦も過ぎているはずなのに、この人の凄さは何なんだろう。演奏会形式でありながら、なまじの舞台など及びもつかないドラマが展開されていく。その中心には不世出のプリマドンナが常にいる。

さて、その大ソプラノも、第一幕では、「ああ、やはり年齢には勝てないのかなあ」と感じるところも。超絶的なフレーズも聴く側にとっては楽々と歌っているように聞こえた往年のことを思うと、ややスムースさに欠け、随所にスフォルツァンドのように響く箇所があって、ちょっと気になる。

しかし、それもつかの間のこと。しばらくすると声も安定した上に、休憩なしに続く第一幕、第二幕と、ドラマが進展するにつれて、どんどんヒートアップする。破局に向けての大きなクライマックスとなる第二幕の幕切れでは、声楽的にも比類ない高みに登り詰めるというカタルシス。やはり、健在、それは昨年にミュンヘンの舞台を観たともだちの言葉を裏付けるもの。

エリザベッタ(イングランド女王エリザベス一世):エディタ・グルベローヴァ
 サラ(ノッティンガム公爵夫人、エリザベッタの女官):ナディア・クラステヴァ
 ロベルト(エリザベッタの寵臣、エセックス伯爵):ホセ・ブロス
 ノッティンガム公爵(ロベルトの友人、サラの夫):ロベルト・フロンターリ
  指揮:フリードリッヒ・ハイダー
  ウィーン国立歌劇場管弦楽団
  ウィーン国立歌劇場合唱団

サラ役を歌ったナディア・クラステヴァがいい。グルベローヴァよりもずっと若いし、声にも安定感がある。グルベローヴァが急角度で上昇機運に乗ったのと対照的に、休憩前の幕では彼女がコンスタントな出来映え。

タイトルロールでこそないが、これは紛れもなくプリマドンナ・オペラ。良くも悪くもエリザベッタの歌唱が全てを引っ張る。逆の目が出たときなんて想像したくもないが、こんな優れた作品だったのかと思わせる幸福な3時間となった。

グルベローヴァの調子が上向きになるにしたがって、ソロ、アンサンブルともに、男声陣も含め共演者の歌もどんどん良くなる。さらにはオーケストラまで。と言うのも、序曲が始まったとき、これがスターツオパーのオーケストラかと思ったから。

確かに少なめの弦楽器奏者は一人ひとりがしっかり弾いている。それに引き替え、ホルンとフルートの下手さ加減はどういうことか。たくさんいるメンバーのうち二線級の出番かも。まるで腑抜けのような序曲、指揮者の問題もあるだろうが、気が入っていないのがありあり。それでも、進むにつれピリッとしてくるところが、百戦錬磨の劇場の楽団だ。これは指揮者の功績ではなく、プリマドンナのオーラの成せるところ。歌手ばかりか、指揮者もろともオーケストラまでも牽引する大歌手の至芸と言うしかない。あまりに見事。

圧倒的な第二幕が終わって、休憩後の終幕、どれほど凄いことになるかとワクワクでした。そんなことで、エリザベッタ幕切れのアリアは、5階天井桟敷の隅っこで立ち上がって聴いていたのだが、第二幕の燃焼度が凄まじかったせいか、どこかセーブ気味のところもあった感じ。もちろん、常に女王としての矜持を失うことなく、愛、悲しみ、怒りを余すところなく表現するグルベローヴァには文句の付けようがないものの、入魂の第二幕と比べると、こちらはややアーティフィシャルな色合いも感じた。もっとも、それは贅沢すぎる注文なのは自分でも判っている。

今回の来日公演で日本で通算100回の舞台公演を超えたということのようで、東京文化会館のホワイエでは記念誌が販売されていた。隣に置かれた公演プログラムは3000円なので、1500円で全キャストはじめ公演記録が充実していて割安感があり、つい購入してしまった("The Vienna State Opera in Japan - The Japan Tours from 1980 to 2008"、現地製作の英文)。私が初めて接したのは1986年の二度目の来日だったんだと昔を偲ぶ。ずらりと並ぶアーティストのリストには、現役もいれば、鬼籍に入った人も多い。そうだ、4演目中3演目が大阪でも観られた時代が確かにあった。

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