ROF@びわ湖ホール「マホメット二世」 ~ 待った甲斐ある幸福感!
2008/11/15

病膏肓に入ったオペラゴーアーにとっては、おそらく今年の最大の目玉であろうロッシーニ・オペラフェスティバル来日公演。大阪ではすでにインフルエンザでの学級閉鎖が相次いでいるけど、こちらの病気は猖獗を極めるにはほど遠く、びわ湖ホールはやっと7割という程度の入り。チケットが売れていないとは聞いていたけど…

ほんとに、行ってよかった公演となり、早々にチケットを手配した甲斐があるというもの。目立つ空席が本当に"もったいない"。

何より、ソリスト、コーラス、指揮、オーケストラの水準が高く、かつ、それぞれがベストエフォートということが、はっきり客席に伝わってくるのが、とても気持ちがいい。著名フェスティバルの初来日、結構うるさい日本のファンへの敬意というか、意気込さえ感じられる。

ロッシーニのオペラ・セリアは初めてじゃないけど、「マホメット二世」がかくもシリアスな作品だとは。CDで聴いているだけでは判らないところがある。大真面目なロッシーニ、もちろん、軽やかなアジリタもあるし、いつものクレッシェンドもある。それでも、全曲を通じて感じるのは、親子の愛憎と国家と個人の葛藤のドラマ、ヴェルディの「二人のフォスカリ」や「シモン・ボッカネグラ」のような傑作は、決して突然生まれたのではなく、上流にはこんな作品があったことを認識する。

15世紀半ばのヴェネツィアの植民地モンテネグロ、マホメット二世に包囲され司令官パオロ・エリッソは抗戦するも捕らえられる。エリッソの娘アンナは、かつて身分を偽り潜入していたマホメット二世と恋仲であったが、攻防戦の中での思わぬ対面となる。父の勧める武将ガルボとの婚約に抗い、祖国と侵略者への愛の狭間で煩悶の末、アンナは父とガルボを逃がし、自らは命を絶つ。というのが、大まかなプロット。

物語の展開に無理がない訳ではないが、まあまあ許せる範囲ではあると思う。実際、第一幕を観ていると、場面展開のドラマティックさと音楽の魅力で、全く気にならない。どちらかというと前半の幕はスペクタクル、後半は内面に焦点を当てた作劇で、対比感があり飽きさせない。これは、ブッファ以外のロッシーニが見直されているのも当然のような。

マホメット2世:ロレンツォ・レガッツォ(バス)
 パオロ・エリッソ:フランチェスコ・メーリ(テノール)
 アンナ:マリーナ・レベカ(ソプラノ)
 カルボ:アーダー・アレヴィ(メゾ・ソプラノ)
 指揮:アルベルト・ゼッダ
 管弦楽:ボルツァーノ・トレント・ハイドン・オーケストラ
 合唱:プラハ室内合唱団
 演出:ミヒャエル・ハンペ
 装置:アルベルト・アンドレイス
 衣装:マリア・キアーラ・ドナート

このオペラ、マホメット二世が題名役とは言え、中心はエリッソ親娘である。冒頭の軍事会議の席上でのパオロ・エリッソ役のフランチェスコ・メーリの輝かしい声で、一気に引き込まれる。この人、リリコ・スピントに向かっていく声のよう。一本調子のところがちょっと気になるが、これだけ聴かせてくれたら文句はない。

もう一人のアンナ・エリッソ、この人も若いパワーのあるソプラノ、父親役と同様、ちょっと平板になるところもあるが、充実した歌唱。特に後半の幕、別けても幕切れのアリアは大変立派なもの。装飾的な音型と、悲痛な心情とが見事に併存する歌で、これだけでも聴き応えがある。顔立ちが角張っていて、顎が大きめ、テオドッシュのイメージと重なる。サザランドとアンターソンの瓜二つの顎を思い出す。顎と声との相関関係は顕著だなあ。

この二人に対置されるバスとメゾの主役は、声量の点で少し見劣りがするものの、親娘コンビに煽られることもなく、自分のスタイルを崩さないのは、なかなか出来ることではない。ただ、アンサンブルのバランスがやや凸凹になるのは否めない。でも、充分に合格点。

場面の多いオペラの割にはしっかりした装置、舞台機構の良さも相まってスムースな転換で、音楽が途切れることがない。東京ではどうなるか判らないが、びわ湖ホールのメリットでもあろう。クリスチャン、ムスリム、両者の対比も鮮やかな衣装が美しい。それを纏うコーラスは粗さも感じる部分があるが、熱気は充分。

やはり、フェスティバルの音楽監督ゼッダ率いるオーケストラは出色。スーパーオーケストラでも何でもないが、ロッシーニの音楽に歌に寄り添ったフレージングは、聴いていて幸福感が満ちてくる。呼吸の良さと言ったらいいのだろうか。ゼッダが国内のオーケストラとピットに入ったときとは格段にノリが違う。

紅葉たけなわの京洛・近江に遊び、来日メンバーも日本の秋を楽しんだのだろう。滞在ホテルの全室からは湖水が一望のはず。不入りに懲りずに、二度目の来日を果たしてほしいもの。まだまだ国内でかかっていないロッシーニ作品は多いのだから。

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