新国立劇場「こうもり」 ~ もっと、はじけて!
2009/1/27

この前に「こうもり」を観たのはいつだったろう。国内でも上演回数は多いのに、最近の記憶がない。昨年のウィーン・フォルクスオパーの来日公演で「マルタ」を観たが、定番の「こうもり」はついぞ観ていない。遡って21年前、メットでのオットー・シェンク演出が唯一かも。これは自分でも意外。台詞は英語、舞台の華麗さと、看守役の演出家の存在感があったことは覚えていても、そのときのキャストさえ思い出せない。ふた昔だからそんなものか。

アイゼンシュタイン:ヨハネス・マーティン・クレンツレ
 ロザリンデ:ノエミ・ナーデルマン
 フランク:ルッペルト・ベルクマン
 オルロフスキー公爵:エリザベート・クールマン
 アルフレード:大槻孝志
 ファルケ博士:マルクス・ブリュック
 アデーレ:オフェリア・サラ
 ブリント博士:大久保光哉
 フロッシュ:フランツ・スラーダ
 イーダ:平井香織
 合唱:新国立劇場合唱団
 管弦楽:東京交響楽団
 指揮:アレクサンダー・ジョエル
 演出:ハインツ・ツェドニク
 美術・衣装:オラフ・ツォンベック
 振付:マリア・ルイーズ・ヤスカ
 照明:立田雄士

メゾソプラノだけど、オルロフスキー公爵も含めて男役はなかなかの充実だ。とくに、アイゼンシュタインとファルケの凸凹コンビが絵になる。ちょっとカルロス・クライバーに似た感じの容貌で長身のクレンツレ、相手役のブリュックは対照的なずんぐりむっくり、まだ若いのにメタボ腹、そのコントラストだけでも喜劇的。この二人はずいぶん楽しめた。彼らが出る場面は舞台が締まるし、芝居の熱気が周りのキャストにも伝播する。

そう、このマルクス・ブリュックという人、6年前の初来日で聴いている。どこかで見覚えのある名前と思ったら、姿を見て、やっぱり。武蔵野市民文化会館小ホールでのリサイタルだった。その公演のためだけの来日、演目は「冬の旅」、何とピアノは今をときめく上岡敏之。さすが武蔵野、青田買いの真骨頂だ。それでも1000円じゃなく2500円だったから、当時もそれなりのキャリアを積んでいたわけだろう。

歌もさることながら、クレンツレの芸達者ぶりがこのオペレッタを牽引していった感じ。台詞の部分が多いので、演技面でもキーパーソンがしっかりしないと台無しだもの。ありがちなウケ狙いのあざとさがないのもいい。ブリュックは声量的にやや物足りなさも感じたが、きちんとした歌のなかに可笑しみがあり、これはこれでいい。

オルロフスキー公爵のクールマンは、台詞と歌のあまりの音色の違いにびっくり。独特の声でユニークというか、ちょっと異様というか。切れ味の鋭いシャープな声で、とても印象的だ。容貌も宝塚の男役トップ的だ。アルフレードの大槻孝志さんも、なかなかの熱演。この役は、いろんな歌を引用するのだけど、普通はこんなに沢山あったかなというぐらい。「リゴレット」、「カルメン」、「蝶々夫人」、「トスカ」…。アイゼンシュタインの「魔笛」も含めると、いったい何曲のパロディが出てきたのやら。それぞれが、シチュエーションに嵌っているだけに、客席でクスクス笑ってしまう。

一方の女声陣、ロザリンデのナーデルマン、アデーレのサラはやや期待はずれ。それぞれの歌は頑張っていると思うのだけど、スケール感に乏しい。そりゃそうか、大歌手がリサイタルのアンコールピースで大向こうを唸らせるような歌を何度も聴いているし、アリア集のレコーディングでも頻繁に採り上げられるナンバーばかりだから、普通のレベルの歌ではなかなか満足してもらえないという気の毒な面もある。

そこのところは総合力で、というか、劇場のライブの熱気でカバーすることが必要なんだけど、下支えすべきオーケストラに不満たらたら。東京交響楽団なんだから、フォルクスオパーの下手なオーケストラとは比較にならないはずなのに、ノリが悪いだけでなく、管楽器がひどくて、序曲はガタガタの出来。第2幕以降は良くなってきたが、ヨハン・シュトラウスの音楽をなめてかかっているんだろうか。それとも練習不足の初日というせいかな。下手であっても生気にあふれ音楽が弾むという演奏だと、それが舞台を活性化させるが、ピットがリードするんじゃなくて、舞台から引っ張らないといけないのでは、「こうもり」に限らず。ロッシーニだってしんどい。こういう作品には、佐渡/PACのような若いオーケストラのほうが適任かも。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system