新国立劇場「ラインの黄金」 ~ 7年目の完結
2009/3/7

8年前の初演を見逃したので、キース・ウォーナー演出の指輪は、私の場合7年目にしてようやく完結。途中から映画を観たようなもので、序夜が最後に回って脈絡がついたというところ。歩いて行ける距離に住んでいたこともあり、暇つぶしによく出かけた新国立劇場5階の情報センターで、「ワルキューレ」の前に「ラインの黄金」の映像を観ているので、厳密には途中からということにはならないが、映像資料とライブは全く違うものだし。

ヴォータン:ユッカ・ラジライネン
 ドンナー:稲垣俊也
 フロー:永田峰雄
 ローゲ:トーマス・ズンネガルド
 ファーゾルト:長谷川顯
 ファフナー:妻屋秀和
 アルベリヒ:ユルゲン・リン
 ミーメ:高橋淳
 フリッカ:エレナ・ツィトコーワ
 フライア:蔵野蘭子
 エルダ:シモーネ・シュレーダー
 ヴォークリンデ:平井香織
 ヴェルグンデ:池田香織
 フロスヒルデ:大林智子
  管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
  指揮:ダン・エッティンガー
  演出:キース・ウォーナー
  装置・衣裳:デヴィッド・フィールディング
  照明:ヴォルフガング・ゲッベル

銀世界の帯広を朝に発ち、そのまま伊丹に飛ばず羽田へ、そしてトランジットどころか初台に。前夜の低気圧の通過でちょっと心配したものの、ダイヤの乱れもなくきっちり開演に間に合う。心身ともにちょっと疲れた出張だったから、休憩なし3時間あまりの公演は辛い部分もあった。けっこう面白い音楽のはずなのに、船を漕ぐ場面も。全編通しての緊密な音楽とは言えなかったせいでもあるが。

オーケストラ自体はずいぶん佳くなったと思う。気の抜けたような音を出す瞬間がやけに多かった数年前とは、ピットでの心構えが違ってきたのか、メンバーが入れ替わったのか、そこのところは不詳。前回の上演では後半の二作で更迭された東京フィルだったし、それは決して不適切な処置ではなかった。今回の指揮者のエッティンガーは、さほど期待していなかったが、まずまずの演奏かな。もっとも、オーケストラで引っ張るという感じはなかったけど。

真っ暗な舞台の中央にオレンジ色のライトがひとつ、なんだろうと思っているうちに音楽が始まり、ほの明るくなってきて映写機の灯りだと気づく。どうも、それを回しているのはヴォータンらしい。ははあん、これは「神々の黄昏」の幕切れと平仄が合うわけだ。何だ、こういうことか。逆の順番で観て、何年ぶりかで気づく。やがて舞台に斜めに傾いたスクリーンがせり上がってくる。その後の場面はこのスクリーンの形状に設えてあるということ。これもライブで観てはじめて判る。ははは。

細かなことを言い出したら切りのない演出と言うか、仕掛けてんこ盛り状態で観るたびに発見がありそうだけど、さしあたっては音楽に集中。内外混成キャストだが、国内勢はちょっと非力さが目立つ。凄まじいブラスの重低音に導かれて登場する巨人の兄弟の声に力がないのが象徴的。声の大きさだけでなく質感が決定的に相容れない。フローの永田峰雄さん以外、これはという声がない。なんでフリッカが藤村実穂子さんじゃないんだろうと思うが、エレナ・ツィトコーワも悪くない。ちょっと変わった存在感のある声だ。そして、この役に合っている。

アルベリヒのユルゲン・リン、やや過剰気味の歌唱という感もあって、どうなのかなと思うが、まあこれもこの演出の一環なのか。一方、ヴォータンのユッカ・ラジライネンはやや温和しめの感じ。フリッカの尻にひかれる弱い亭主というコンセプトなら、まあいいか。トーマス・ズンネガルドのローゲは捉えどころがない。「ラインの黄金」は導入編なので、この段階で明瞭な性格づけを各人物の歌唱や演技に込めるのはなかなか難しいとは思うが、その後の展開を予想させるに足るだけのものは、今回の公演では聴き取れない。

ともあれ、個人的には7年の時間を経て「指輪」全編をひとつの演出で観たわけで、もちろん初めての体験。金がかかるのでお蔵入りになりかけていたプロダクションを、よくぞ引っ張り出してくれた若杉さんと新国立劇場には感謝したい。終演後、余所見しながら歩いていて、ライン川ならぬ劇場前のプールに片足を落としてずぶ濡れというこれまた初体験のオチまでつくとはねえ。とほほ。

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