ガレリア座「ファウスト」 ~ 我らがテナー、再会
2009/6/21

4月号だか5月号だかの「ぶらあぼ」を繰っていたとき、中ほど6コマのモノクロページに見たことのある顔。「おおっ、彼が復帰したのか!」東京勤務に戻ったのは社内の異動通知で知ってはいたが、数年のブランクを経て、またオペラの舞台に立っているんだ。

しかし、それにしても、選りに選って「ファウスト」とは。あの容貌魁偉の八木原良貴氏の姿が目に浮かぶ。そして、私は聴けなかった「真珠採り」を思い出す。彼はフランスオペラが好きなのか、と言うよりも、著名でありながら何故か国内での舞台上演が稀な演目を、アマチュアの分際で果敢に採り上げるプロデューサーの無謀なまでの心意気。そして、オーケストラ、コーラスに加えバレエまで自前でやってしまう意気軒昂。ガレリア座の第21回公演、新宿文化センター。

ファウスト:丹下知浩
 メェフィストフェレス:中村隆太
 マルガレーテ:大津佐知子
 ヴァランタン:北教之
 シーベル:君島由美子
 演出:八木原良貴
 指揮:野町啄爾
 ガレリア座管弦楽団
 ガレリア座合唱団
 ガレリア座バレエ団

社内でもメールで有志にお知らせがあり、役員からヒラに至るまで、ずいぶん沢山の知った顔を会場で見かけた。いい会社だと思う。この時代に捨てたもんじゃない。彼は私のようなロートルじゃなくバリバリの本社課長職、暇なはずもないのにオペラの主役で舞台に立てるのは、本人の能力と才能もあるだろうし、ある意味では会社の度量でもある。

「このタイトルロールは、アルフレード・クラウスやニコライ・ゲッダなど、リリックなテノールで楽に高音が出せる人の役という印象ですが、丹下ファウストはまた別のアプローチかも知れませんね。かく言う私も『ファウスト』は舞台上演を観たことがありません。確かメトロポリタンオペラでは最多上演作品がこれだったはずですが、私がいた頃にはかからなかったので未見のままです。それで、6月に予定する出張をこれに合わせてと画策中ですが、アポ先の都合もあることなので上手くいきますかどうか。22日に東京近辺での仕事の予定が入れば、20日の新国立劇場のロッシーニとセットでとか、捕らぬ狸状態です。そのときに東京に行くようなことがあれば、渋谷のチャイコフスキーでも、赤坂のベッリーニでもなく、新宿のグノーにします」

なんてことを言っていたら、良くしたもので仕事とのコンビネーションも成立し、晴れて蒸し暑い東京へ。

彼はいろいろなテノールの録音を聴いて勉強したらしく、プラシド・ドミンゴどころかフランコ・コレッリがこの役を歌っていたのを逆に教えてもらった。しかし、クラウスとコレッリで重なる役があるとは驚き。それだけいろいろなアプローチが可能な役どころということかも知れない。

「フランチェスコ・エッレロ・ダルテーニャ氏にわずか45分程習ったことで天啓を受け長足の進歩を遂げた」とは本人の弁で、「何とか本番を歌ってもお聞かせできるであろうレベルに達してきました(やっとG線以上の出し方がわかってきました)」ともあったので、彼に師匠と呼ばれるような身分じゃないにしても、心配よりも期待をもってかぶりつきの席。

このオペラ、「ファウスト」と言うより、「マルガレーテ」の外題のほうが相応しい作品だけに、後半はヒロイン主体、彼の聴かせどころは前半に集中する。ちょっと厳しいのではと心配した高音も何とかクリアしているのだから、ずいぶんと進化が窺える。ピークの手前から喉が詰まる感じになるのはまだ発展途上ということかも。豊かな中音域との橋渡しにはまだ課題がありそう。第一幕の終わりはもっと白熱的な盛り上がりを望みたいところだが、あの段階では喉の温まり具合が不足したのかも。声楽的にはクラウスではなくドミンゴあるいはリーチのような系統に属するのだろう。久しぶりに見た舞台、演技にもかなり意を砕いているのが判る。

長いオペラである。コーラスの出番も非常に多い。ただ、至難のアンサンブルがあるわけでもないので、アマチュアの人たちでも挑戦できる作品なのかも知れない。努力賞に値する公演だと思う。オーケストラの健闘も印象的。後半は緊密とは言えないドラマの構成だけに、聴く側の集中力も落ちるのだが、大津佐知子さんは上々の出来だと思う。前にもアディーナで聴いていると思うが、要求水準の高いマルガレーテでの破綻もなく、音大での声楽の基礎はあるのだろうと推測する。

終演後のロビーは大混雑、恒例のことながら出演者と観客の交歓風景が見られるのはアマチュア公演ならでは。ことやる気にかけては、主宰の八木原氏から裏方まで一枚岩の清々しさがある。梅雨の蒸し暑さの中での一陣の涼風、はたまた熱風。

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