佐渡オペラ「カルメン」 ~ Bキャストではない!
2009/7/4

京阪神のオペラゴアーには夏の風物詩となった佐渡オペラ、今年は地元で9公演、どころか、東京・名古屋にも進出して都合15公演という鼻息の荒さ。なんでこんなに人気なのか不思議な気もするが、とにかく定番中の定番をそれなりのキャストで取り組むという路線と、何よりも安くて気軽に行けるということだろうか。早々に完売(多分そのとおり)と言いながら、直近になればオークションで最安席が定価で簡単に入手できる。これは売り方にも問題があるように思うが、まとめ買いOKで早々に売りさばき、主催側としてはチケット売れ残りリスクを購入者に転嫁しているということだろう。まとめ買いした人(阪神間のマダム層か)は友だち誘い合わせてとなる。その余分が私のような者に回ってくる。考えようによっては、これは巧妙な戦略である。マーケットを見極めた見事な勝利ということか。結果的に満席だし、ダフ屋に不当利得が転がり込むわけでもなし、あまり文句を言う筋合いでもないなあ。

カルメン:林美智子
 ドン・ホセ:佐野成宏
 エスカミーリョ:成田博之
 ミカエラ:安藤赴美子
 フラスキータ:吉村美樹
 メルセデス:田村由貴絵
 モラレス:桝貴志
 スニガ:松本進
 レメンダード:大川信之
 ダンカイロ:初鹿野剛
 合唱:二期会合唱団・ひょうごプロデュースオペラ合唱団
 児童合唱:ひょうごプロデュースオペラ児童合唱団
 管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団
 芸術監督・指揮:佐渡裕
 演出:ジャン=ルイ・マルティノーティ
 装置:ハンス・シャヴェルノホ
 衣裳:シルヴィ・ド・セゴンザック
 照明:ファブリス・ケブール
 合唱指揮:矢澤定明
 言語指導:ドゥニーズ・マッセ

いわゆるBキャスト、国内勢で固めた布陣である。外国勢が主体のAキャストも観る予定だが、まずこちらから観てみたいという気持ちが強かった。林美智子さんのカルメンがいったいどんなものになるのか興味津々である。佐野成宏さんはイタリアオペラの主役よりもドン・ホセのほうが合っていると思うだけに、注目のコンビである。そして、期待は裏切られなかった。

林さんのカルメンは西宮ではこれが最後、東京で2回、名古屋で1回が残っているが、なかなかの聴きもの見ものである。清純なカルメンというのもなんだか矛盾しているが、そんな感じ。体当たりの演技で、仰向けの佐野さんの上にまたがることも度々だし、リーリャス・パスティア酒場では下着姿まで披露というほど。ボンレスハムみたいなカルメンなら目をそむけるところだが、思わずオペラグラスを握りしめる。そんなことがあっても、この人の歌はフォームが崩れないし、変なアクの強さが前面に出ることもない。一期一会の舞台なら、勢いに任せた歌唱でも許容範囲だが、この人の場合はそんな逸脱の気配は全くない。この公演はNHKが収録しているので、いつか放映されるときに確認できると思う。歌ばかりかとても細かい演技も要求されて大車輪の奮闘ぶり、それでいて、声楽的にもきちんとして、なかなか新鮮なカルメン像である。ただ、我々が伝統的に抱くカルメンのイメージにピタッとはまるかと言うと、それはちと違う。視覚的な問題だけだが、くりくりっとした眼で丸顔のかわいい姿とカルメンの業の深さがどうも結びつかない。ともあれ、この会場で3か月ほど前に同役で聴いたカサロヴァが、こと声楽面では今ひとつなところも多かっただけに、旬で勢いのある歌い手だとこうなるのかというところ。ただ、今のところはカルメンを持ち役にはしない方がいいと思うけど。

「メリー・ウィドウ」の次は「カルメン」、あくまでも客寄せ優先かよと、いささかシニカルに見ていた佐渡オペラだが、台詞入りのオペラ・コミーク版をベースにした上演とは驚きだった。私は国内で製作された「カルメン」では、レチタティーヴォ版しか聴いたことがない。オペラ・コミーク版でやるのは、なかなか大変なこと。しかし、台詞があってはじめてドラマの辻褄が合うところもあるし、演出のジャン=ルイ・マルティノーティの意向もあるのだろうけど、大英断である。

今回、アンサンブルも特筆事項である。カルメンやホセの影が薄いわけじゃないが、盗賊一味の存在感がこれだけ大きいのも珍しい。これも15回公演の御利益か。回数をやるなら、演出にも撚りをかけてということにもなるだろう。酒場や山中での脇役連中の活躍ぶりは目覚ましい。演出の工夫についてはプログラムノートに種々書かれているが、西宮、東京、名古屋と3か所での公演という与件の中で、面白い舞台ができたと思う。

佐野ホセは「花の歌」の終わりを除けば素晴らしい出来だったと思う。レチタティーヴォの美しさはこの人ならでは、林さんのカルメンはともかく、この人はホセによく似合う。エスカミーリョの成田博之さんも、よい出来、いろいろなアクション付の歌で練習の苦労もあったろうが、4回目の公演なのでこなれている。

残念なのはミカエラの安藤赴美子さん。ドラマの本筋とは離れた役ながら、国内上演ではいちばん喝采を浴びるのがこの役ということも多い。これを歌えるリリコは数多いと思うのに、何故この人という感じ。リズム感、フレージングともに疑問符だらけ。確かに美声なのだけど、どこに五線譜の縦線があるのか、ブツ切れになるカンタービレと、不満が残った。この日の調子が悪かっただけかも知れないけど。

さて、尾張名古屋の千秋楽で聴くAキャストはどんなだろう。この日の西宮を観て聴いて、Bキャストなんて言い方は失礼なこと。

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