堺シティオペラ「サンドリオン」 ~ 殷賑を極める
2009/9/5

「堺シティオペラは、海外貿易の門戸として慇賑を極めた王子の堺町人の気概を今に、市民文化の創造とその進行を標榜して…」
 おいおい、どんなカナ漢字変換ソフトなんだろ、私はずっとATOKだけど、IMEもずいぶんマシになったというのに。  余計なお節介と知りつつ、堺シティオペラ事務局にご連絡。ホームページは即時、本日配布された立派なプログラムでも三つの誤変換はきちんと訂正されていた。あれ、そのときに愉快なメールのやりとりをした中村真貴子さんの名前と写真が載っている。プロデュースマネージャー、偉いんだ。こりゃまた失礼いたしました。

堺に行ったら出島の深清のあなご寿司、お昼時も過ぎていたので並ぶこともなく購入、ご飯とあなごが渾然一体、絶妙のコンビネーションである。腹ごしらえをして5時開演を待つ。会場の堺市民会館はずいぶん古い。カミサンに聞いても子供のころからあるとのことだから、与謝野晶子のころにはなくても、沢口靖子のころにはあったということだろう(なぜかこの人たちは同窓)。

会場入口にはなぜか提灯が並んでいる。堺市民オペラの文字とイタリアのトリコロールというのもシュール、30分ほど前に席に着くと、隣のおばはん、いや「は」を取ったほうがいいくらいのお歳の方が大きなプラスティックコップでビールを召し上がっている。ああ、これは大須オペラに似た雰囲気だなあ。一枚ドアの外はすぐに狭いトイレというのもあの名古屋の劇場にどこか近いイメージ。といってもこちらは1300人収容のホール、二階席は判らないが一階席は9割近い入りである。河内のおばはん連中、年齢が高めの親子連れといった感じの客も目立つ。そう言う私も、もと河内のオッサンである。

「シンデレラ」と言ってもマスネ、お話は馴染みがあるにしても、よくこれだけ動員できたものだ。お値段も安くないのに。それだけ堺市民に根付いているということか。気取ったところなどひとつもなく、ロビーは賑やかである。

台本まで含む厚いプログラムのほか、「生誕30年の歩み」という美麗な記念誌がご自由にお持ち帰りくださいと置かれている。何年か前に堺シティオペラに来たときの演目、「ナイチンゲール」(ストラヴィンスキー)もちゃんと載っているぞ。ご当地もの創作オペラならいざ知らず、よくまあ、あんなレア演目をかけたものだ。もっとも、そのときの併演が「カヴァレリア・ルスティカーナ」だから、その発想もすごい。

リュセット(サンドリオン):渡邉美智子
 継母:田中友輝子
 王子:竹内直紀
 妖精:中西麻貴
 義姉ノエミー:柴山愛
 義姉ドロテ:伊藤絵美
 父:フレデリック・カトン
 王:田中勉
   指揮:クリストフ・カンペストリーニ
   管弦楽:大阪シンフォニカー交響楽団
   合唱:堺シティオペラ記念合唱団
   コーラスマスター:岩城拓也
   演出:岩田達宗

いい加減な企画でないのはキャストを見ればすぐ判る。オーケストラはれっきとしたプロだし、売れっ子演出家を起用し、キーロールは海外から招聘するという気合の入り方、こだわり方だ。

最近も観ているロッシーニ作品とは人物の扱いがずいぶん違う。特に父親役が全くと言っていいぐらい。マスネでは終始一貫してリュセット(サンドリオン)の味方である。リュセットに対する情愛の深さもさることながら、ドラマの進行においても重要で、ソロ、デュエット、アンサンブルと出番が非常に多い。この役にリヨンで活躍している人を充てたというのは成功の要因だ。ノーブルな声と大げさにならない演技の安定感、なかなか魅力的な父親像である。

そして、タイトルロールの渡邉美智子さん、現在ザルツブルグで修業中とのことだが、発見である。ロッシーニ以上に役のウエイトが高いと思えるこの作品、とっても素敵な声だ。ソロも多いし、第1幕途中からは出ずっぱりに近いなか、発声に無理がないのでスタミナ切れしないし、聴いていて心地よい。たんに美声というだけでなく、この人の声はちょっと湿りをもった音色であり個性がある。これは貴重な財産である。ともかく、この役柄にぴったりはまっている。慧眼、よくまあ、探してきたものだ。

王子役はびわ湖ホールのアンサンブルで何度も聴いている竹内直紀さんが歌ったが、スタイルの違和感がある。第3幕の幻想的な場面でのリュセットとのデュエットはヴェリズモ風の歌い方になってしまっていて、これはマスネが書いた音楽に相応しいのか疑問。この役は日曜日にはオリジナルのソプラノロールとして並河寿美さんが歌うことになっているが、全く違う音楽に聞こえるのではないだろうか。

妖精役の中西麻貴さんは前に「真夏の夜の夢」で聴いたときのような生彩は感じなかった。美声のコロラトゥーラであるにしても、今回、音を引っ張り上げるようなところが随所にあり、私は気になった。

田中友輝子さんの継母役は声楽的に不安定。役柄としてのコミカルさや意地悪さを強調するつもりなのかも知れないが、そちら優先ではないはず。あまり買えない。

演出は限られた予算の中でうまくまとめていたのではないかと思う。斬新なところは見あたらないが、多数出演する脇役やコーラスの動かし方はスムースであり、市民オペラならではか、こういう人たちがよく稽古していたと思われる。

ロッシーニと違って、このマスネの作品では父と娘、この二人。キャスト総体としては問題も感じたが、件の二人に人を得たので非常に満足度が高い公演になった。

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