VOC公演「オルランド」 ~ 適材適所のシリーズ・ベスト
2009/9/26

JR尼崎駅でホーム向かい側の快速に乗り換えたら、何か変な雰囲気、隣のホームに普通列車も停まっている。大阪からJRで伊丹に向かう途上での事故による運転見合わせ、4年前のあの日と同じだ。あのときも阪急に切り替えてたどり着いたが、今日も大阪駅まで戻って大迂回。あてにならない運転再開見通しや路線バスだと開演に遅れてしまう虞れがあるから、遠回りでも時間の読めるルートに越したことはない。

「フラーヴィオ」、「アルチーナ」、「デイダミア」、「イメネーオ」、「トロメーオ」と、どれがどれだか判らないようなタイトルのヘンデル作品の初演シリーズは、今回の「オルランド」が6作目である。昨年の公演のあと、「音楽クリティック・クラブ奨励賞」なるものを貰ったということだが、「今ごろ!」と、こちらの評論家の感度の鈍さを逆に感じるのと、紙切れ一枚よりも次の公演への経済的支援のほうが団体としてはありがたいだろうなあと皆勤賞の私としては思う。

オルランド:福島紀子
 アンジェリカ:老田裕子
 メドーロ:永木るり子
 ドリンダ:田中希美
 ゾロアストロ:森孝裕
 管弦楽:Baroque Ensemble VOC
 指揮・演出:大森地塩

それで、「オルランド」、これまでのシリーズでは図抜けた歌手が一人、二人いて、それで支えていたようなところもあったが、今回は四人の女声が凸凹のない、それぞれにベストの歌唱、この退出アリアだらけの曲で、眠くもならず弛緩するところのなかったのは素晴らしい成果だ。文句なし、シリーズ・ベストである。

昨年と同じ歌い手はメドーロ役の永木るり子さんと、ドリンダ役の田中希美さんの二人なので、演目により適宜入れ替えているのだろう。傍目には「どうして?」という人を、諸般の事情で起用せざるを得ない聴衆不在の団体とは一線を画しているのが好ましい。

これまで不満が多かった永木るり子さんは長足の進歩。一生懸命であっても、歌唱の平板さと口跡の悪さを感じることが多かったのに、その欠点は見事に克服されている。メゾがキーロールということの多いバロック作品の上演では、その出来不出来が全体の印象を大きく左右することを再認識する。

同じくメゾでタイトルロールの福島紀子さん、全声域でムラのない発声で安定していて大変聴きやすい。カストラートのために書かれた役柄がどのように歌われたのか想像の域を出ず、福島さんの歌とは違ったものだろうとは思うが、今の時代にないものを求めても仕方がない。

男役の狂乱オペラという感じで、第二幕、第三幕と全体の半分ぐらいは、オルランドの絶望と狂気が表される。レチタティーヴォに近いようなアリアの旋律線など、これまでVOCが上演したヘンデル作品にはない書法が見られる。後半の歌には相当なスタミナが要求される役だと思うが、福島さん熱演である。ここまで歌ってくれて演技してくれたら、もう日本初演作品という印象などどこにもない。

ソプラノの二人、アンジェリカの老田裕子さん、ドリンダの田中希美さん。この二人も予想を遙かに上回る出来だ。高いソプラノにありがちな言葉の不明瞭さは全く感じられないばかりか、感情表現と歌のフォームのバランスが見事に保たれている。なまじの準備では到達できない水準である。

第三幕にあるドリンダのとてつもない音域の跳躍のあるアリアも凄かったが、この二人に永木さんを加えた第一幕幕切れの三重唱が私の印象に残った。声のコントラストと三人の相互作用、代わり番この退出アリア群の中で異色であり出色。とりあえず日本初演しましたという域を超えたドラマを感じさせるものだった。ここまでの演奏が聴けるとは望外のこと、休憩時間には屋外喫煙コーナーで友人・知人とやや興奮気味。出席率5/6の東京の知人によれば、こと女声に関しては先日の日本ヘンデル協会「オットーネ」より格段に上回るとのこと。

ゾロアストロの森孝裕さんはちょっと辛い。イタリア語の単語一つも聴き取れないほどの言語不明瞭さは勘弁してほしいところだ。人材難の声域だし、脇の登場人物なので目くじらを立てることもないが。

Baroque Ensemble VOC の演奏は、今回はやや低調かと。歌のバックにつけるときはともかく、序曲のようなインストルメンタルだけのところでは、ちょっと弱さが目立つ。

ともあれ、こういったマイナスはあっても、それらを遙かに上回る美点がふんだんにあるため、相殺したところでポイントは大きなプラスである。

騎士オルランドの物語は当時ヨーロッパで一世を風靡したものらしいが、戦功の勇士が恋に破れて狂気に走るというお話で、最後はお決まりのデウスエクスマッキナのハッピーエンド、どこがそんなに人気を博したのか判らないところもある。まあ、そんなことは措いて、オペラとしては充分に楽しめたから問題なし。

いつになく盛り上がったカーテンコールのあとで、主宰の大森さんがマイクを持って登場。二年前に窮状を訴えて公演資金のカンパを呼びかけたことがあり、また存続の危機かと。しかし、今回は援助の話に加え、来年の公演予定(9月5日、ヘンデル「ロデリンダ」)と再来年の話まで。

プログラムノートを書いているロンドン大学ゴールドスミス校音楽学部講師の松本直美氏のことだと思われるが、その人が発掘したバロック作品の復活世界初演を企図しているとのこと。しかもロンドンあるいはドイツで。大森さん自身、プログラムに「まだ詳細をお伝えすることはできませんが…」としていながら、作曲家の名前まで公表。もちろん聞いたことのない名前だったので、家に戻って調べてみた。
 私の聞き間違いでないなら、ピエートロ・アンドレア・ツィアーニ(1616~84)、ヴェネツィアで活躍した作曲家のよう。「現時点では復活作品はないものの、後期作品ではダ・カーポ付きアリアを先駆的に用い、演劇的には喜劇的人物の重要度が増し、アリアの数もカヴァッリ作品の二倍ほどに増えている」(水谷彰良「イタリア・オペラ史」59ページ)という記述に行き当たった。蘇演ということも符合する。気宇壮大な話である。

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