クリストフ・アーバンスキ/大阪フィル定期 ~ 後々の自慢になるか
2009/11/19

かなり空席の目立つ会場。大植監督の日とはえらい違い。ところが、クリストフ・アーバンスキというまだ20代のポーランドの指揮者、これがとってもいい。「まだ彼が若いとき、大阪フィルを振ったときにワシは聴いたんだぞ」と、先々自慢できる指揮者になるかも知れない。いや、なりそうだ。

キラル:オラワ
 ショパン:ピアノ協奏曲第2番ヘ短調作品21
 ショスタコーヴィチ:交響曲第10番ホ短調作品93
   指揮:クリストフ・アーバンスキ
   ピアノ:ペーテル・ヤブロンスキ

プログラムのどの曲も、音楽がとても自然で、呼吸している。一つの音が次の音に、一つのフレーズが次のフレーズに、実に自然に繋がり、ほんとうに音楽的。自然に流れるショスタコーヴィチなんて、聴いたことがない。この曲の長さを全く感じさせない。この瞬間瞬間を大切に味わいたいという気持ちにさせる演奏だ。

この指揮者がただ者ではないという予感は、「オラワ」という冒頭の短い曲からあった。
 これは「弦楽だけのボレロ」というような感じ。コンサートマスターが弾くテンポの速い舞曲風のソロに後のほうのプルトの2本のヴァイオリンがリズムを刻む出だしで、延々と繰り返しながら、厚みを増していくという趣向。「ボレロ」と違うのは、中間部になると別のテンポで新たな旋律が挿入されるということぐらい。最後の総奏ではオーケストラの掛け声が入るという風変わりさ。とても親しみやすい作品だ。映画音楽もよく書いている作曲家らしい。私は観たことはないが、「戦場のピアニスト」という知られた作品があるらしい。

定評のある大阪フィルの弦セクションだから、こういう曲では遺憾なく実力を発揮するのは当然としても、オーケストラ任せではなく、指揮がしっかりリードしているのが、三階RRBブロックのバルコニーからは手に取るように判る。テンポ、強弱の指示が極めて適切。

奏者にとっては、同じリズムで同じ旋律を際限なく繰り返すのは、結構きついことだと思う。速い舞曲で音符の数も多いから尚のこと。長原さんは終わったあと、手首を振るポーズ。さもありなん。しかし、ウォーミングアップというか、一夜のコンサートを開始する曲としてオーケストラを乗せる効果があるピースだと思う。このあとの大阪フィルの快調ぶりからもそのことが窺える。

ショパンのコンチェルトはペーテル・ヤブロンスキというソリスト、ピアノ音楽に興味がない私は名前も聞いたことがないが、スウェーデンの人らしい。名前からブログラムから、てっきりポーランド人かと思ったけど。

蓋で音が遮られる座席位置だからピアノについては何とも言い難いところもあるが、柔らかいタッチの音が届く。それよりも、そんなにウエイトが高いとも思えないオーケストラの表情の繊細なこと。普段のコンチェルトのバックの大阪フィルとは一線を画すイメージだ。これは、思うに「オラワ」効果か、指揮者の力量か。

休憩を挟んでの後半1時間プログラムのショスタコーヴィチ、ここまで、いい指揮者という印象だが、これで指揮者の真の力量が判ると思って臨む。いやはや、これは見事、それで冒頭のコメントになる。

この曲に限らず、ショスタコーヴィチのシンフォニーというのは分裂気味のところが多くて、それはそれで現代人にとっては魅力でもあるのだが、そのイメージを覆すような演奏だった。実に流れがよい音楽、もちろん激しいクライマックスのパワーにも不足しないし、とても薄くなるオーケストラの部分の繊細さもある。そして、それらが歪に繋がるのではなく、こういうふうに進むのが必然という感じでスムースなのだ。

この人は部分部分の思いつきでオーケストラを鳴らしているのではない。全体のパースペクティブをしっかり持っている。恐るべき27歳。指揮台のスペースをフルに使いオーケストラの各方向に向き合う。かといって、外連味たっぷりの身振りはない。合わせもののコンチェルトだけは譜面を置いていたが、ショスタコーヴィチも暗譜、それも格好つけのアバウトな暗譜じゃないのは指揮者の右上方から眺めるポジションからはっきりと判る。全体構想がきっちり出来ていてのディテールの丁寧さと繋がりだ。

アーバンスキは東京交響楽団にも客演しているが、大阪フィルよ、この指揮者を捉まえておいてほしい。こんな気持ちになったのは、朝比奈時代の末期に客演したパーヴォ・ヤルヴィ以来のこと。

(追記)

その後、指揮者の名前はクシュシュトフ・ウルバンスキと現地の読みに合わせて表記されるようになった。また、彼は東京交響楽団の首席客演指揮者に就任した。大阪フィルはまた、素晴らしい人材を逃したことになる。

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