関西二期会「フィデリオ」 ~ わからん、傑作か駄作か
2009/11/21

美人にお願いされるとオヤジは弱い。マルツェリーネを歌う高嶋優羽さんから直筆の丁寧なお手紙をいただいて、思わず「安い席が残っているようでしたら行かせていただきます」なんてメールしている体たらく。

自身が少し関係したコンサートの企画で、彼女に出てもらったとき、そのときは「春の声」のソロと「こうもり」のアデーレのアリアだったが、缶ビールでの打ち上げで「フィデリオ」の話題となった。

「フィデリオ、私はちょっと苦手ですねえ。どうしようか迷っているんです」とか、「マルツェリーネは幕開き直後の出番ですから、大変ですね」とか話したような気もする。ちっとも面白いとは思わないオペラだけに、そんなことがなければ、パスしていたところだ。

ドン・フェルナンド:菊田隼平
 ドン・ピッツァーロ:花月真
 フロレスタン:小餅谷哲男
 レオノーレ:小西潤子
 ロッコ:橘茂
 マルツェリーネ:高嶋優羽
 ヤキーノ:松原友
 管弦楽:関西フィルハーモニー管弦楽団
 合唱:関西二期会合唱団
 指揮:飯守泰次郎
 合唱指揮:奥村哲也
 演出:栗山昌良
 装置:増田寿子
 衣裳:半田悦子
 照明:原中治美

近鉄と阪神が直結して奈良から三宮まで乗換なしで行けるのでそっちのほうが便利なんだけど、大阪まで定期があるから、やっぱり梅田から阪神電車。尼崎で降りたら改札口からアルカイック・ホールと反対側、駅構内のお店、今はなきパルナスの製法を受け継ぐモンパルナスのピロシキだ。帰りの時間だと間違いなく売り切れ。お土産の5個入り750円を買ってリュックに放り込み、別に1個袋に入れてもらって、空中公園を歩きながら食する。懐かしい味。午後4時開演、小腹も空く時間だ。花より団子、褌の川流れ。

天井桟敷、二階奥の隅っこの席に着くと、薄暗い"舞台"には既にオーケストラが並んでいる。その少し後ろにパーティションがあり、小さな舞台がある。「あれ、今日は演奏会形式での上演だったのか」と思う。そう言えば、高嶋さんの手紙にも「今回は音楽中心の演出です」とか書いてあったなあ。

勘違いだと判ったのは序曲が終わったとき。舞台上でライトが当たっていたオーケストラが沈んでいく。なあんだ、そういうことか。100人近くを乗せたままピットに潜り、先ほどまであったパーティションが引き上げられて舞台が出現する。あれはオーケストラを舞台の高さで最前部に置いたときの反響板を兼ねたものだった。しかし、これはコロンブスの卵、舞台が迫り上がる演出はお馴染みだが、これだけオペラを観ていてオーケストラでそれをやったのを見たことはなかった。ただのオペラの序曲じゃなくて、コンサートの演目のつもりで気合いを入れて演奏し、しっかり聴いてもらおうという意図かと察する。

パーティションの向こうでは高嶋さんがお掃除の真っ最中。そして開幕の二重唱となる。ヤキーノの松原友さんとの声のバランスが気になる。松原さんの声が飛んで来る反面、高嶋さんの繊細な美声がちょっと引いてしまっている。すうっと伸びて届くところと、そうでないところが斑模様で、ホールの大きさの加減か、私の席位置の問題か。続くアリアではずいぶん安定していたのだから、こちらが本来の調子だろう。マルツェリーネはこの第一幕ではアンサンブルの要、なかなか大変である。

それにしても「フィデリオ」というオペラ、いったい誰が主役なんだろうと、いつも思ってしまう。題名役の登場する時間はさほど長くないし、声楽的な重要度も高いかとなると、どうかなというところ。一方で脇役の音楽に割く時間が長すぎて、オペラとして散漫な印象を拭えない。ベートーヴェン作曲でなかったなら、レパートリーに残る作品ではないと思う。

第一幕を観ていて気になったのは、挿入される地の台詞はともかくとして、各ナンバーの間に空白が出来てしまい、ドラマの進行が阻害されているということ。登場人物の動きは少なく、緩慢であり、静的な舞台になっている。バロック作品のように派手な退出アリアの連続という造りではないだけに、余分な間は要らない、地味系のアンサンブルが終わり次に移るタイミングが遅い。ドラマの連続性を感じさせないブツ切りの印象があり、聴く側のテンションが持続しない。フィナーレに向かいどんどん引き込まれるのではなく、逆に集中度は下降線を辿る。

転機は休憩後の第二幕冒頭のフロレスタンのアリアだった。オーケストラの長い陰鬱な序奏の重厚さ、舞台上の暗い地下牢に横たわり身動きする小餅谷哲男さん、妙なことだが歌い出す前にこのアリアの素晴らしい出来を予感した。カレッジオペラハウスなどで何度も聴いているベテランだが、これまで印象に残っている歌はなかったのに、このフロレスタンは声の力、表現ともに申し分なし、ベストの歌唱である。これでこそオペラである。

フロレスタンの冒頭のアリアが決まったところで、もう、ここからは一気呵成、飯盛泰次郎/関西フィルの面目躍如、第一幕で繋がらなかった流れが、一転、怒濤の進撃という風情。大団円の前に慣習どおりに挿入された「レオノーレ」序曲第3番に至っては、ほとんどこれが終曲ではないかと思わせるほどの熱の入り方で、客席の盛り上がり方も最高潮。そりゃ、オペラの大詰め近く、ピットがまた迫り上がってオーケストラにスポットが当たるんだもの、張り切らないほうがおかしい。ほんとに、これで終わってもおかしくないほど。これが、(ベートーヴェンが本領とする)音楽にスポットを当てたということだったかのか。

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