「リナルド」 ~ 東京のヘンデル
2009/12/6

愚かなことである。オペラゴーアー達はずいぶん迷ったのではないだろうか。ヘンデルも聴きたい、ヤナーチェクも聴きたい。なのに、サプライサイドには一年前の学習効果が全く見えない。ヘンデルを14:00、ヤナーチェクを18:30開演にすればよいだけ、いずれもレア演目、たった一回きりの公演なんだから、それぐらいの配慮をしたらどうなのか。重なっていても初台と赤坂の掛け持ちをしたファンは相当数いたようだし、両方フルに聴けるとなれば、ダブルヘッダー組はもっと増えて、オペラシティもサントリーホールも札止めになったろうに。

リナルド:ティム・ミード(カウンターテナー)
 アルミレーナ:森麻季(ソプラノ)
 アルミーダ:レイチェル・ニコルズ(ソプラノ)
 アルガンテ:萩原潤(バリトン)
 ゴッフレード:クリストファー・ラウリー(カウンターテナー)
 ユスタチオ:ダミアン・ギヨン(カウンターテナー)
 マーゴ・クリスティアーノ:上杉清仁(カウンターテナー)
 シレーナ1:松井亜希(ソプラノ)
 シレーナ2:澤江衣里(ソプラノ)
 アラルド:中嶋克彦(テノール)
 指揮:鈴木雅明
 管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン

そもそも、どちらを選ぶかでオペラファンとしての嗜好がわかるが、掛け持ちの場合でも、どこで移動するかでその人の考え方が出る。「リナルド」第1幕が終わってサントリーホールに移動すれば、悠々と間に合うが、第2幕まで聴いたら、ヤナーチェクは始まってしまっている。そこで、選択したのが第2幕の途中退出という禁じ手、この作品で最も名高いアルミレーナのアリア、「私を泣かせてください」を森麻季さんが歌い終わったら席をたつという作戦だ。それまでは幕の途中での拍手による中断はなかったのに、ここでは大きな拍手、これ幸いとばかり、出口へ。時刻は17:15。

確かに、拍手で止まるのは頷ける。もともとこのアリアは全曲中で良い意味で浮いたピースだ。森さんの軽やかに伸びる声は第1幕から好調だったが、この歌ではそれに加え、しなやかな強さ、情感の深さに驚く。これまでに聴いた森さんとはずいぶん印象が違う。ひとまわりスケールアップした感もある。近いところでのゾフィー(「ばらの騎士」)やアディーナ(「愛の妙薬」)よりも、ヘンデルのヒロインに高い適性があるのかも知れない。

本当は、この後でドラマが展開していって佳境に入るのだろう。これまでに観たヘンデルのオペラは大概がそうだった。第1幕はよほどの歌でない限り、どちらかと言えば退屈、順繰りに一人ずつアリアを歌っては退出で、人物同士の絡みも少ないのだから。

したがって全曲聴き通しての感想を述べることはできないが、印象に残ったのは森さんの他は魔女役のレイチェル・ニコルズ。カウンターテナーの異次元の声の連続のあと、彼女の登場のアリアのインパクトの大きいこと。霧の向こうに見えていた景色が、突然晴れ渡ったような趣きだった。オーケストラも雷鳴まで轟かせ、小編成のバッハ・コレギウム・ジャパンとは思えない大迫力。もっとも小編成とはいえ、毎年聴いている伊丹でのVOC公演に比べたら倍ほどの人数、ヘンデルも東京だとでかくなるのかな。

そもそも聴く機会が少ないカウンターテナーが、この公演では4人というのにも驚く。それぞれの声には特色があるが、やはり一番はリナルド役のティム・ミードだろうか。ただ、カウンターテナーの声というのは慣れるまで時間がかかる。カストラートの声を知る由もないが、現代の耳では不自然さは否めない。

ドラマの動きが少ない前半を観ただけで云々できないのは判っているが、こういう作品を演奏会形式でというのは苦しい。当時はあの手この手の仕掛けで観客を飽きさせない舞台づくりをしていたはずで、それが順番に突っ立って歌うだけというのでは、不真面目な観客としては物足りないものである。

鈴木雅明氏はチェンバロの前に立っていてもほとんど弾くことがなく指揮に専念の様子、舞台のオーケストラを見ても、さほど面白いものではない。まあ、しかし、全曲聴いたわけではないので、半分でどうこう言うのはいかんかな。

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