この人でこのオペラ!「高嶋優羽さんの場合」 ~ 破格のリサイタル!
2010/2/22

びわ湖ホールや新国立劇場などが影も形もない頃、豊中の大阪音楽大学に日本で初めてのオペラハウスが誕生したのは何年前だろう。今でこそ、昭和音楽大学にも立派なオペラハウスがあるが、こちらはその魁である。オープンしたころ、さあ聴きに行くぞと思っても、大学側は部外者が来るとは想定していないような対応だったことを思うと、今は様変わり、一般オペラファンに開かれた存在になってきている。

オペラハウスにはずいぶん行っているせいか、いちおう名前が登録されているようで、大学からDMが届く。その記事に、「へえー、こんな講座をやっているんだ」と目が行く。それが、カレッジ・オペラ講座2009「オペラ物知り講座」(講師:中村敬一)という4回シリーズ。もう半分終わっていて、残りが2月と3月に予定されているようだ。あれっ、それに高嶋優羽さんと石橋栄実さんが出演するらしい。どんな内容かも知らないままに電話、一回あたりの受講料が1000円ということで、即2000円を振り込んだ。

ところどころ文化住宅がマンションになったりしているが、阪急宝塚線庄内駅界隈には劇的な変化はない。お馴染みのカレッジオペラハウスから300mほど先に行ったところ、公演会場の大阪音楽大学ミレニアムホールは初めてだ。いつの間に出来たんだろう。300人規模のリサイタルホールという感じ。学生の父兄にしたら寄付金が大変だったろうと下世話な想像。こぢんまりしたいいホールである。

自由席、中程の列のど真ん中にデンと座る。募集定員200名ということだったので、少し空きがある。下手に演台、中央下手寄りにピアノ、上手にはスクリーン、さてさて、どんな風に進むのかな。登場した中村敬一氏、演出家として名前を見ることは多いが、姿を眺めるのは初めてかな。

さて、配布されたプログラムには、ずいぶんたくさんの曲が並んでいる。講座というからには、喋りが半分、歌はせいぜい三、四曲と思っていた私は、それでちょっとびっくりである。

モーツァルト「劇場支配人」~「別離の時の鐘は鳴り」
 ロルツィング「密猟者」~「私の人生は小舟のように軽く飛んでいく…」
 ロルツィング「皇帝と船大工」~「こんな身分の低い女中が…」(※)
 オッフェンバック「ホフマン物語」~「生垣には小鳥たち」
   ~休憩~
 レハール「パガニーニ」~「誰も私ほどあなたを愛した人はいないわ」(※)
 R.シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」~「偉大なる王女さま」
 グノー:「ロミオとジュリエット」~「ああ、なんという戦慄が!」
   高嶋優羽(ソプラノ)、西垣俊朗(テノール、※)、佐藤明子(ピアノ)

高嶋優羽さんを聴くのは三度目のはず。仕事で関わったコンサートに出演してもらったのが最初、次が「フィデリオ」のマルツェリーネ役、この一年間のことである。前二回の会場は、いずみホール、アルカイックホール。大きさも大中小とさまざま、今のこの人の声には1000人以下の会場が合っている。それは、いずみホールであり、カレッジオペラハウスというところか。このプログラムの作品にしても、そういう規模の劇場に相応しいものだろう。

これまで私が聴いたのはドイツものばかり、この日もモーツァルト、ロルツィングというドイツ語オペラでスタート、声質に合っていれば、それほど負担もないナンバーかと思うが、この人は口跡がきれいなので聴き映えがする。軽い自然な声がすうっと伸びるところ、全く無理を感じさせないところに天性のものがありそう。いずみホールで「春の声」を歌ってもらったときに感じた心地よい浮遊感が蘇る。

作品の名前だけは旧知の「皇帝と船大工」、ソロとデュエットがプログラムされているが、実はその間にDVD視聴を挟んでいる。同曲の中の男声六重唱を挿入する。これが、最初の喉休めということでもあるが、マルチメディアのプレゼンによる講座ということで全く違和感がない。中村敬一氏が舞台下手の演台にずっと陣取っているのは、パワーポイントの対訳のスイッチングという重要な役回りもあるからである。コロンブスの卵、プレゼンとリサイタルの混合なんて、すぐに思いつくはずなのに、初めて体験するものだ。そして、とても効果的だ。この人、もともと声楽家だったようで非常に聞きやすい声だし、どこかから引っ張ってきて右から左という内容ではなく、自分でしっかり構成したことが窺えるし、話しぶりにもインテリジェンスが感じられる。演出家だから、それぐらいは当たり前なのかも知れないが、感心することしきり。

前半、後半のメインが、オランピアとツェルビネッタであることは間違いない。演技も加わった機械人形もチャーミングだけど、私が感心したのはツェルビネッタのほう。この長大なアリアを歌うのはチャレンジングであるし、破綻はなくとも間延びしないだけの表現力が果たしてあるのだろうかと、失礼ながらちょっと心配もあった。杞憂、2年ほど前、私が見た舞台上演ではツェルビネッタのアンダーだったとの中村氏のコメントもあり合点がいった。アンダーじゃなく、今の彼女なら主従逆転だろう。

ドイツもので来て最後はフランスものというのが、前後半に共通するパターン、こういう並びだとアンコール曲は自ずと明らか、同じジュリエットの「私は夢に生きたい」である。彼女のフランス語の歌を聴くのは初めてだが、ドイツ語同様に響きが快い。言語間で落差の激しい歌い手がいるけど、彼女はそういうタイプじゃない。このジュリエット、ウィーンで聴いたアニック・マッシスよりずっといいぐらい。

意外に、大学の先生にあたる西垣俊朗さんと日本語で歌ったワイルドホーンの「ジキルとハイド」からの「Take me as I am」に違和感があった。西垣氏、中村氏ともに、オペラ歌手はアコースティックでミュージカルナンバーをどんどん歌ったらいいという話だったが、せっかくの才能や修練を存分に発揮できないジャンルに有限の時間を使ってほしくないと私は思う。

講座だから歌の合間に曲の紹介が当然入るのだが、それだけでなく、演奏者との対談やお宝写真なども飛び出すのが面白い。高嶋さんは毎年1音ずつ高いところが出るようになったとのことだから、あと1~2音ほど上昇したら凄いことになってしまう。それと、何と、歌手の道に進む前はバレエをやっていたらしい。「くるみ割り人形」の舞台ででジャンプしている写真やら、モスクワ留学時のスナップなどに驚く。

うーん、踊れるオペラ歌手なんて貴重な存在だ。すぐに思い浮かぶのは、ツェルビネッタじゃなくサロメだが、残念ながら彼女の声質ではない。でも、アミーナの橋渡り(ベッリーニ「夢遊病の娘」)なんか楽々とこなすんじゃないだろうか。いずれにせよ、高嶋優羽さんは伸び盛り、これから旬という歌い手を聴くのは楽しい。

帰り道、「こんな値打ちのあるコンサートやとは思わんかったわ」との誰かの声が耳に入る。全く同感。講座のスタイルはとりつつも、これは破格のリサイタルだった。中村氏の企画に敬意を表したい。次回は、石橋栄実さんがプーランクの「声」に挑戦するという。もちろん全曲である。これも楽しみだ。

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