この人でこのオペラ!「石橋栄実さんの場合」 ~ プーランク「人間の声」を聴く
2010/3/9

2週間前に続いて大阪音楽大学ミレニアムホールへ。「オペラ物知り講座」4回シリーズの最終講である。3回以上出席したら中村敬一講師のサイン入り修了証がもらえるらしいが、3回目からの途中申込なので私にはその資格はない。まあ、修了証をもらっても仕方ないし。それよりも演奏である。

プーランク:モノオペラ「人間の声」
   ソプラノ:石橋栄実
   ピアノ:岡本佐紀子

原作のジャン・コクトーの映画作品(「美女と野獣」)の一部を紹介し、独特の雰囲気を持つこの詩人とプーランクの音楽との親和性などの話のあと、45分間の一人舞台が始まる。その前に、舞台の理解を助けるために、昔の電話は交換手が介在したこと、音声が不安定であったこと、さらには断線、混線も日常茶飯事であったことなどを説明。そりゃそうかも、携帯が当たり前の今の若者には、そこら辺から説明しないと、訳がわからないかも知れない。もっとも、そんな説明が不要の年代の人のほうが多かったが。

石橋さんは大熱演、よくこなれた演技、この人は表情が豊かなので、こういうオペラだと持ち味が出る。小さなテーブルとカウチ、それと長いコードの電話機、道具はその程度で小一時間保たせるには歌い手のみならず演技者としての技量が問われるところだ。舞台上には一人だけ、電話の向こうにいるはずの別れた恋人の言葉は想像するしかない。

小さなホールで、すぐそこで演技されると、こちらも緊張してしまう。笑い、泣き、怒り、自棄に突き進む女の情念の怖さを感じる歌であり演技だ。プーランク自身が、舞台映えのする歌い手を起用することをスコアに明記しているそうだが、その気持ちわからなくもない。石橋さんにはぴったり嵌る。声楽的には、中声域で声を張るところで他の部分との倍音の多寡なのか、音質のギャップで少し違和感があるのを何とか改善してほしいと思う。それがクリアできたら怖いものなしなんだけど。

いまや関西のリリコ・レッジェーロでは引っ張りだこ、4月にはコルテーゼ夫人(ロッシーニ「ランスへの旅」)も予定されている石橋さん、これまで聴いたこともないモノオペラだったが、全然退屈させない。一人だけなので、台詞というか歌のボリュームは半端じゃない。これだけのフランス語を頭に入れるのは大変なことだろう。休憩後の中村氏とのトークで、たった5回の稽古だったということが明かされて驚く。名前の通った某ソプラノ歌手ならこの倍やっても覚えられないんじゃないかな。

ピアノの岡本佐紀子さんはフランスで勉強している人のようで、この作品の経験は何度もあるとのこと、オーケストラだったらどういう音を鳴らしているのか知らないが、歌手との呼吸は見事に合っている。

メノッティの「電話」を聴いたことがあるが、同じ趣向なのに、フランス人とイタリア人(アメリカ人)の何と違うことか。もちろん喜劇と悲劇では正反対であるにしても、感性の違いなのかなあ。どっちかと言えば、私はプーランクの屈折した表現よりも、からっとしたメノッティが好み。まあ、それは別の問題。

モノオペラで終わってしまったらちょっと淋しいところだが、そこは中村氏も心得たもので、ちゃんと一曲最後にオマケが。「こうもり」からアデーレのアリア「侯爵様、あなたのようなお方は」である。

石橋さん、極度のコンセントレーションを要求されたモノオペラとは打って変わって、ここではリラックスモードである。ピアノ伴奏ということもあるのだろうが、思いっきりテンポの変化をつけた遊び心を感じる歌い方だ。表情が豊かなことはモノオペラと同じだが、コミカルでコケティッシュなこの役にもぴったりである。

この「オペラ物知り講座」、新年度も継続開催のよう。次の企画は、歌手ではなくコレペティトゥア、音響デザイナー、副指揮者といったオペラの裏方にスポットを当てた4回シリーズとのこと。もちろん、演奏つきとのことで、これも面白そうだ。しかも値上げがなければ一回あたり1000円、これはとっても安い。こういう中身の濃い講座をこの値段でやられると、カルチュアセンターの講座には人が集まらなくなるだろう。大阪音楽大学は公益法人ではないと思うが、これは間違いなく収益事業ではなく公益事業の趣きである。長い目で見てファンを育てるという志は多としたい。

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