「耳なし芳一」in 金沢 ~ 石川県立音楽堂邦楽ホールで聴くオペラ
2010/3/10

金沢での仕事が入って、確かその日に何かあったはずと「ぶらあぼ」をめくってみたら、やっぱり。石川県立音楽堂邦楽ホール、そこでの金沢・射水・横浜三都市提携公演と銘打った「耳なし芳一」、おまけに翌日の午前中には京都での仕事。宿泊は自腹になるが、ここは泊まって翌朝のサンダーバードでも雷鳥でも楽々間に合う。まあ、意図した訳じゃないけど、そういう巡り合わせの下に生きている極楽とんぼ。

オペラ「耳なし芳一」
 原作:小泉八雲
 訳:平井呈一
 脚本:矢代静一
 作曲:池辺晋一郎
 芳一:中鉢聡
 和尚:志村文彦
 寺男与作:安藤常光
 その妻おふく:浪川佳代
 武士:久保田真澄
 奥女中老女:直江学美
 奥女中若女:木村綾子
 ナレーション:仲代達矢
 合唱:OEK室内オペラ合唱団
 琵琶奏者:半田淳子
 管弦楽:オーケストラ・アンサンブル金沢
 指揮:池辺晋一郎
 演出:杉理一

ここまで駅に近いホールも珍しい。池袋の東京芸術劇場よりも近いし、上野の東京文化会館といい勝負だ。金沢は何度か訪れているが、このホールに足を踏み入れるのは初めてである。なかなか立派なものだ。邦楽堂は通常のオーケストラ公演があるホールの奥にある。700席程度、この大きさだと文楽公演にも適する。

数日前に、いちおう大阪でチケットを買っておいたのだが、何と、残っていた当日券は完売し補助席まで出る盛況、どうしてなんだろ。ラ・フォル・ジュネをやるだけの土壌が金沢にはあるということなんだろうか。なんとも不思議。器があっても公演が少ないからかも知れないが。

二階席二列目中央に陣取る。舞台が近い。客席に提灯が並んでいるのはいかにも邦楽ホール。ちゃんとオーケストラピットもあってオーケストラ・アンサンブル金沢のメンバーが並んでいる。中に一人、和服の女性が琵琶奏者の半田淳子さん、薩摩琵琶の名手ということだ。

さて、指揮者・作曲家の池辺晋一郎氏が登場して幕が開く。二幕仕立てのようで、第一幕では芳一が平家の亡霊たちに誘われ安徳天皇はじめ平家の面々に琵琶を披露し褒美を授かるというシーン、第二幕では、夜毎に赴く先が実は平家の墓場であることが知れ、亡霊を退けるために経文を体中に書いて貰ったのはいいが、耳だけが書き漏れてそれを引きちぎられることになるという顛末。そのことが琵琶の名手としての芳一の評判を高め引っ張りだこの分限者になって、いちおうのハッピーエンド。小泉八雲原作はずいぶん昔に読んだ気もするが、プログラムのあらすじで、ああそうだったかと思う程度だ。

なるほど、半田さんの琵琶は聴きものだ。小さい会場のせいか、文楽の太棹まではいかないが、意外に存在感のある音だ。この琵琶に合わせて中鉢聡さん扮する芳一は、奏でる振りをしながら歌う訳だが、聴き慣れたベルカントから離れ、地の台詞を喋る部分も多い。まあ、話の筋が怪談仕立てだから、全体が暗いトーンになるのはやむを得ないか。彼がこの役を初めて歌ったのは10年ほど前だから、それから出演を重ねている当たり役、自信を感じさせる舞台だ。

和尚と、寺男与作、その妻おふくが喜劇的キャラクターとして配されているが、成功しているのは第一幕幕切れの三重唱、第二幕にも同様の場面があるが、ここはわざとらしさが鼻につきいただけない。全曲のクライマックスは第二幕のはじめ、芳一が亡霊たちの許に再び招かれて壇ノ浦の段を語るシーン、ここでは琵琶の音に乗せた芳一の朗々たる語りに、平家の亡霊たちが和する。墓と見えた背景の裏に色とりどりの装束をまとった男女が浮かび上がる。演出的にも優れた場面だ。これに比べると、武士に耳をもがれる最後の場面は音楽的にも演出的にも今ひとつかな。武士に扮した久保田真澄さんは不思議にこういう格好が似合う。やはり日本人ということか。

物語のプロローグとエピローグには語りが入る。これは録音だ。少々ボリュームが大きすぎる。仲代達矢の声ということだが、この人の声は明瞭さに欠けるのでネームバリューだけの人選としか思えない。こういうところに使うのはミスキャスト。

ヴェルディのように声で、ワーグナーのようにオーケストラで、カタルシスに達しないもどかしさはあるが、今さらそれは出来ないのが現代のオペラの宿命でもある。この作品ではずいぶんと自然ではあるが、オペラでどう日本語をのせていくかという課題も、未だソリューションが見いだせていないと思う。

オペラがはねて、宿まで5分というのは旅先ならではのこと。ゆっくり温泉に浸かって、余韻にも浸る。さっきの舞台のカーテンコール、舞台にたくさん並んだ坊主頭、音楽堂の入口には馴染みの顔の巨大ポスター、そして駅前には何とも不思議なモニュメント、不謹慎ながら三つ並べるとなんだかおかしい金沢。

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