びわ湖ホール「ボエーム」 ~ 意表を突く読み替え
2010/3/13

直前にオークションで最安席を2枚ゲット、カミサンと行くのは正月以来だ。「ええっ、これ!ドラム缶と梯子と木しかないの!衣装も平服。ええっ、それに休憩なしなの!」とチラシを見せて説明すると絶句。

「まあまあ、きっと面白い演出だよ」となだめるが、カミサンにしたら「ボエーム」はMETでゼッフィレッリ演出しか観たことがないのだから、そう言うのも仕方ないか。パヴァロッティもフレーニもハンプソンも出ないし、ピットにクライバーが入る訳じゃないけどね。

ほら見ろ、こりゃとっても面白いじゃないか。読み替えはいまどき普通だけど、この終幕の読み替えは秀逸、もともとの台本よりずっと奥が深くなったような気がする。まあ、舞台にお金はかかっていないけどね。

ミミ:澤畑恵美
 ロドルフォ:望月哲也
 ムゼッタ:臼木あい
 マルチェッロ:宮本益光
 ショナール:萩原潤
 コッリーネ:ジョン・ハオ
 アルチンドロ:松森治
 パルピニョール:清水徹太郎
 ブノア:大澤建
 合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル、二期会合唱団
 児童合唱:大津児童合唱団
 管弦楽:京都市交響楽団
 指揮:沼尻竜典
 演出:アンドレアス・ホモキ
 装置:ハルトムート・メイヤー
 衣裳:メヒトヒルト・ザイペル
 照明:フランク・エヴィン
 音響:小野隆浩
 合唱指揮:冨平恭平
 演出助手:田尾下哲
 舞台監督:幸泉浩司
 舞台・衣裳・かつら製作:ベルリン・コーミッシェ・オーパー

この演目にしては入りが良くない。こちとらは両日だけど、日曜日の人が多いのかも知れない。舞台は既に幕が開いており、白い縁取りで切り取られた何もない四角い黒い箱の中の舞台に雪がちらちらと降っている。ホモキの舞台だ。チューニングが終わると、いつの間にスタンバイしていたんだろう、指揮者登場の拍手もなくいきなりボヘミアンたちの音楽が始まる。

第一幕、もちろん屋根裏部屋ではない。マルチェッロはカンバスに向かうのではなく、赤と黄色の塗料を奥の黒い壁にぶちまけるストリートアーティスト(?)、ロドルフォが自作をくべるのはドラム缶という寸法だ(本火を使用)。周りに人がいっぱいなのは路上だから当然だが、やがて大木が一本運び込まれる。ミミとロドルフォの出会いは街頭で既に始まっている。鍵をなくすシーンは雪の積もった地べたとなる。ロドルフォがすぐに見つけたことはミミはお見通し。躊躇いがちな出会いでも何でもない。ロドルフォにしてもいきなりミミの足を触るなど、単刀直入の姿勢。

第二幕になると、横たわっていた木が起こされ、大きな梯子をかけて飾り付けが始まる。その前にテーブルを置いてカフェ・モミュスということ。最後に軍楽隊は登場せず音楽だけ。衣装代節約。その代わりに、デコレーションの終わったクリスマスツリーに電飾が点る。幕切れはプレゼントを持った人たちが舞台前面に帯状に連なり、奪い合ったり包装をひっちゃぶったりの大混乱で終結の和音とともに静止。

照明が落とされ、そのまま第三幕になだれ込む。時間的に連続する第一幕、第二幕を続ける必然性は充分あるが、第三幕への繋ぎをどう処理するのか気になっていたが、コーラスは第二幕幕切れの姿勢のままでパリの朝の情景を歌う。群衆の壁が城門ということなんだろうか。彼らが三々五々退出しゴミの散乱した舞台は主役たちだけになる。無理があると言えばそのとおりだが、気にするほどでもあるまい。絵としては大変美しい。

そして問題の終幕、クロスのかかったテーブルがいくつも運び込まれて長く接続されるとパーティ準備の模様。マルチェッロとロドルフォは早変わりのスーツ姿で登場。ウエイトレスたちが彼らを取り巻き、著書にサインをせがむ。Che penna infame ! というのは、絵筆を呪うマルチェッロの言葉のはずだが、「くそっ、ペンがないや」という意味に置き換えられていて全く違和感がない。なるほど。

400ページはありそうな単行本、そのカバーには Mimi とある。第三幕からかなりの時が経過したのだ。成功者の仲間入り、ちょっとしたセレブになったロドルフォの姿だ。現れるボヘミアンたちもなりがいい。パーティのご馳走がテーブルに並べられるとともに、ボヘミアンたちのバカ騒ぎはここではヴァーチャルなものでなくリアルのものになっている。乱暴狼藉の果てに舞台に残されたままのツリーが倒壊、そこで音楽が一転、ムゼッタ登場となる。終幕のミミは第三幕までのふわっとした髪型から様変わり、スポーツ刈りと言ってはなんだが、それに近い短髪。「子爵のところから逃げ出して」というムゼッタの言葉はDVを臭わせる。なるほど、この台詞をそう読んだのか。

瀕死のミミがロドルフォとの思い出の帽子を見つけて懐かしむ場面は、その帽子が手許にあるのではなく、Mimi の本の裏表紙のイラストである。ここでは本来リアルのはずのものがヴァーチャルになっている。これは細かいところでやってくれますなあという感じ。

早い話、ロドルフォはミミを捨てて、それを出汁に世間的な成功を収めて成り上がった訳で、そのパーティー会場に現れたミミには困惑半分ということなのだろう。事切れたミミに歩み寄る訳でもなく後ずさり、そのまま逃げ去る図は、そう、ピンカートンと全く同じだ。マルチェッロにしても然り。ロドルフォのあとを追うように消える。このときにはマルチェッロとムゼッタも切れていたのだろう。それどころか、ムゼッタの衣装は街角の女である。パーティ会場に集まった人の喜捨はミミではなくムゼッタに向けられたものだ。皆が去り、ミミの亡骸に寄り添うのはムゼッタひとり、そして幕。

何とも残酷でいて、オリジナルよりもリアリティのある作り方だ。同様の演出を見たことはなく、これには参った。甘酸っぱい青春の物語の「ボエーム」ではなく、限りなく苦く、どす黒いものさえ感じさせる「ボエーム」だ。会場にはホモキ氏の姿もあり、彼が細部に至るまで徹底的に指示したのだろうと想像する。こと演出に関しては出色。もっとも、うちのカミサンはいまいちピンと来なかったようだが。

これは演出を楽しむ公演である。歌い手は澤畑恵美さんを例外として、「ボエーム」の歌を楽しめたかとなると疑問符が多い。両日観るので、その比較も交えて、日曜日の感想で総括したい。

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