愛知県芸術劇場「ナブッコ」 ~ 花見とオペラと野球と
2010/3/28

近鉄電車の優待乗車券を利用した名古屋ツアー、奈良からだと新幹線より40分程度余計にかかるが、特急券片道1560円の負担だし、面白そうなものがあるとすぐに足が向く。あまりやらない「ナブッコ」、当然いそいそと。

ちょうど桜も開花、ナゴヤドームでは開幕3連戦、そっちも気になるが、やはりオペラ優先、どっちかをナイターでやってくれたらハシゴもできたのに。
 「ドニチエコきっぷ」で名古屋地下鉄を駆使、その割引で名古屋城の花見を済ませ、愛知県芸術劇場コンサートホールへ。

ヴェルディ「ナブッコ」(演奏会形式)
 ナブッコ:直野資
 アビガイッレ:大岩千穂
 イズマエーレ:村上敏明
 ザッカーリア:若林勉
 フェネーナ:谷口睦美
 ベルの大司教:デニス・ビシュニャ
 アブダッロ:永井秀司
 アンナ:和泉万里子
 合唱:AC合唱団
 管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団
 指揮:柳澤寿男

あれっ、大ホールじゃないんだ。そうか、演奏会形式、隣のコンサートホール、ここは初めてだ。サントリーホールのようなヴィニヤードでもないし、シンフォニーホールのようなシューボックスでもない、その合の子のような形状、1800席らしいがキャパシティの割にこぢんまりした感じ。舞台横のバルコニーで聴いたが、響きがあると同時に音の抜けがいい。びわ湖ホールの大ホールと同じく、客席背後の壁の後に空間があるのが影響しているのかも知れない。私の印象では、こと声楽に関してはサントリーホールやシンフォニーホールに勝る。

同じ1813年生まれのもう一人の大作曲家ワーグナー、そのレパートリーに残る最初のオペラを沼尻竜典指揮で演奏したときは酷かった名古屋フィルだが、同じ出世作でも柳澤寿男指揮のヴェルディではずいぶんとしっかりした演奏を聴かせる。重厚さはないが小気味よい締まったサウンドである。この人、バルカン半島で長く仕事をしている人のようだが、何となく大野和士さんの経歴を連想する。

村上敏明さんのイズマエーレが見事な歌唱だ。日本にもテノールがいる。ほとんど前半だけの出番ということはあっても、フルスロットルの輝かしい声を惜しげもなく響かせる爽快感、びわ湖のロドルフォたちの後だから何ともありがたい。久々に素晴らしいテノールを聴く。

第二幕のザッカーリアのアリア、聴かせどころなんだが、若林勉さんの声に厚みが欠けるのが残念だ。真横に近い位置で聴いているのに、他のソリストの声は充分な響きがあるのに比べると、いかにも線が細い。ヴェルディのバス、しかも大祭司の役柄にはちょっと物足りない。

このアリア、4本のチェロの分奏をバックに歌われるのは、どこかで見たことがあると思ったら、カヴァラドッシの辞世の歌じゃないか。演奏会形式でオーケストラが舞台に乗っているから判る。そうか、プッチーニはこれを下敷きにしたんだな。

歌手の出来は押し並べて高い水準だ。直野資さんのナブッコは予想どおり期待に違わぬ歌で、王の風格を漂わせる。この人も大ベテランの域、ナブッコはもとよりシモン・ボッカネグラやフランチェスコ・フォスカリなどの地位と父性の狭間で苦しむ役柄がぴたっとはまる感じだ。まさにヴェルディはバリトンロールの宝庫だ。

第一幕の途中から登場するアビガイッレの大岩千穂さん、難役だ。ソリストたちの中で一人浮いた感じ、原色使いのドレスに盛り上げた派手な髪型、ふっくらとした顔立ちは、ジャンルこそ違うが天童よしみさんと見まごうほど。それで歌のほうだが、第一幕、生彩がない。まるでマクベス夫人をやるような地声が混じる違和感、これはちょっとミスキャスト、どうしてこの役を受けることにしたのかと訝る。ところが不思議、第二幕のアリアのカヴァティーナから突然よくなる。直前のレチタティーヴォまでの調子からは様変わりで、そのまま終幕まで行ってしまったのだから、一体これはどういうことなんだろう。まあ、それで全く文句はないのだが、ある瞬間からコロッと変わるのにはびっくりでもある。

フェネーナの谷口睦美さんも素敵だった。舞台映えのする人で得をしているにしても、終幕のアリアの情感は心に染むものがある。ソプラノとは違って数少ないメッツォだけに、今後に期待できそうな人だ。

コーラスの出番がとっても多く、ただでさえ張り切るところだが、ちょっと男声が見劣りする。フォルテで強拍から入るところは気にならないが、他のところでは出が微妙にずれるのが何とも気持ちが悪い。これは最後まで慣れなかった。アマチュア、練習時間の問題もあるだろうし、高望みしても仕方ないんだけど。

演奏会形式、プログラムの解説を読んでもこの物語を理解するのは難しい。突然コロッと展開するのだから何が何だか判らなくなる。ただ、公演総体としては、これは期待水準を上回るものだ。びわ湖のように演出に気をとられてあっという間に幕切れではなく、こちらは音楽だけの真っ向勝負、言及しなかった歌い手も含め穴がない。どちらも二期会・藤原の混成メンバーなのだが、「ボエーム」のようなキャスティングの不満はない。名古屋まで足を運んだ甲斐があった。

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