いずみホール開館20周年記念オペラ「ランスへの旅」 ~ まさに再演
2010/4/17

だいぶ前、いずみホール開館20周年のオペラが「ランスへの旅」と聞いて、「なんで?」と訝った覚えがある。そりゃあ祝祭オペラだし、ガラ・パフォーマンスさながら、お祝いに相応しい演目に違いないが再演は再演、なにも記念公演に持ってこなくてもいいのではという気持ちだった。

前回公演は2年前、まだ記憶に残っている。今回とキャストはほとんど同じ、17の役柄のうち替わったのは2つだけ、ドン・プルデンツィオとモデスティーナ、主役級のロールではないから、異動なしと言っていいぐらい。指揮、オーケストラも替わらず、もちろん岩田達宗演出はそのまま。

それで、聴いての印象、間に2年あるのに、踵を接した2回公演の初日・2日目ともに行ったかのよう。それほど似ているというか、限りなく近い演奏であったと思う。

コルテーゼ夫人(「金の百合亭」の女将):石橋栄実
 マッダレーナ(「金の百合亭」の女中頭):福島紀子
 アントーニオ(ボーイ長):萩原次己
 ジェルソミーノ/ゼフィリーノ(従者/ 世話人):清原邦仁
 ドン・プルデンツィオ(「金の百合亭」のドクター):雁木悟
 リーベンスコフ伯爵(ロシアの将軍):松本薫平
 ドン・アルヴァーロ(スペインの提督):牧野正人
 騎士ベルフィオール(フランス人の士官):清水徹太郎
 フォルヴィル伯爵夫人(フランス人の若い未亡人):尾崎比佐子
 ドン・プロフォンド(学者、コリンナの友人):久保田真澄
 コリンナ:佐藤美枝子(ローマの女流詩人)
 デリア:老田裕子(ギリシャ人の孤児)
 シドニー卿:井原秀人(イギリスの軍人)
 メリベーア侯爵夫人(ポーランド出身の未亡人):福原寿美枝
 トロンボノク男爵(ドイツの陸軍少佐):折江忠道
 ドン・ルィジーノ(フォルヴィル夫人の従弟):松岡重親
 モデスティーナ(フォルヴィル夫人の小間使い):井川裕子
 管弦楽:ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
 指揮:佐藤正浩
 演出:岩田達宗
 照明:原中治美
 舞台監督:住田佳揚子

前回公演が、この難物オペラをよくぞここまでという演奏だったから、それを踏まえればほとんど同じというのは高評価のはず。前は80点を取って、今度も80点。しかし、試験ならそれで良くても、オペラだとファンは欲深い。90点を期待するし、せめて85点は取ってほしいと思うもの。

佐藤美枝子さんのコリンナが突出した出来、彼女の水準ならその再現で何の不満もない。客席奥の少し開いた扉の向こうから歌声が聞こえてくるのを知っていたから、今回の席は最後列を確保、外の声だけど生々しく細かなニュアンスがが伝わってくる。私は思い切り首をひねって後方に耳を向けているのに、どうしてみんな舞台のほうを向いているんだろう。

アンサンブルの多いオペラで練習は大変、さすがに前回より進化している印象だ。同じチームを編成したのだから、累計のリハーサルは単純計算でも倍になっているので、当然といえば当然、こういうアンサンブルオペラだから、それは非常に大事なことだ。逆にソロの部分では2年間での時間の経過をプラス・マイナス両面で感じるところがある。スポーツも同じ、パワーとテクニックのバランス、伸び盛りの人もいれば、技術でカバーする段階の人もいる。極端な凸凹はなくて幸いなことだが、それぞれが前進を感じさせてくれたなら、その総和が90点の印象をもたらしたろうにと思う。

80点、同スコアで印象的には停滞感が混じるのは何故だろう。90点に達するには何をクリアしたら良かったのだろうか。思いつくままに列挙すると、次のようなことか。

コルテーゼ夫人の石橋栄実さんは、チャーミングな演技はずいぶんと板に付いた反面、各声域の均質性と安定感に少し不安を感じるところがある。声質こそ違うものの、フォルヴィル伯爵夫人の尾崎比佐子さん、マッダレーナの福島紀子さんも同様の不満があるとともに、ロッシーニの推進力を感じさせる歌いぶりではない。それは軽快なテンポでやればいいということではなくて、緩急に関わらず音のエネルギーが次に伝わり勢いをもって流れていくというロッシーニならではの感覚のことだ。

二人のテノール、リーベンスコフ伯爵の松本薫平さん、騎士ベルフィオールの清水徹太郎さんは後の時代のオペラのスタイルがときに交じってくるのが気になるが、ちゃんと高音も当たっているからよしとするべきだろう。関西の歌手だとベルカントものだけを歌っておれる訳じゃないから、あまり機会のないロッシーニを歌い分けろという注文自体が酷かも。

低音男声は芸達者で演技もこなれていて楽しめる。トロンボノク男爵の折江忠道さんは声がクリアに前に出ないところがいつも最初気になるのだが、進むにつれてベテランの味というように聞こえるのが不思議な人だ。

いちばん大きな問題は佐藤正浩指揮のカレッジ・オペラハウスのオーケストラだろう。もっと活き活きと、もっと軽やかに歌ってほしいものだ。大阪センチュリー交響楽団の奏者の姿も見かけたので、エキストラを何人か入れているのだろう。常設メンバーでもロッシーニのモードになかなか切り替わらないのはアルベルト・ゼッダが東京フィルを振るときにもあるので、なかなか難しいことだけど。個々の奏者が上手くて、面白がってやったらロッシーニはどんどん楽しくなるのになあ。

演出は全く変わっていないと思う。再演での緩みは感じられないし、人の動きは今回のほうがスムースかも知れない。岩田達宗さんは3時間に及ぶ公演を平土間の後ろ、舞台上手側でずっと立って観ていた。あそこに立っていると舞台全体が見えるし、実は音も一番いいのだ。体力のいることであるが、まあこのロッシーニ作品だと退屈するところはないから問題なしだろう。

休憩が一回設けられたが、前半だけで1時間50分もかかる。遅れた人をナンバーの切れ目で入場させるのは仕方ないにしても、私の席のすぐ後ろに立たれると、耳の位置でビニール袋がガサガサと音を立てるので閉口する。立見させるなら荷物は全て預けるように指示すべきだ。少なくともチラシの袋は回収してから中に入れる-ほうがいい。東京の会場で採用されている音のしないコンドーム素材の透明袋にしてもいいのだけど。
 苦情とは逆、東京から駆けつけた友だちによれば、「いずみホールにはブランケット・サービスがあるのは素晴らしい」とのお褒め。「あれは絶対に必要だと思います。さすが大阪、さすが民間のサービス精神ですね」とのこと。確かに東京では見かけない。空調の適温は個人差があるし、オペラ公演ともなれば冬でもノースリーブという人も多いし、言われてみるとそのとおりかも。

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