藤原歌劇団「タンクレーディ」 ~ 梅雨知らずのロッシーニ
2010/6/13

 ロッシーニのオペラの大御所アルベルト・ゼッダ、この80歳を超えたマエストロが一年に3度も来日してくれるなんて、奇跡的なことではないだろうか。藤原歌劇団の人脈なのか、ゼッダがよほど日本を気に入っているのか。ひょっとして、来日の都度温泉めぐりでもしていたりして。ともあれ、ありがたいことだ。

タンクレーディ:マリアンナ・ピッツォラート
 アメナイーデ:高橋薫子
 アルジーリオ:中井亮一
 オルバッツァーノ:彭康亮
 イザウーラ:鳥木弥生
 ロッジェーロ:松浦麗
 合唱:藤原歌劇団合唱部
 管弦楽:読売日本交響楽団
 指揮:アルベルト・ゼッダ
 演出:松本重孝

 ヴェネツィア初演時のハッピーエンド版を基本にした上演で、トリエステの歌劇場の来日公演のときのフェラーラ悲劇版とは異なる。

お話の展開からすると、敵将と通じたという罪に問われたアメナイーデは、第2幕の前半で恋人の騎士タンクレーディによって救われ、それで大団円となってもよさそうなところが、依然としてタンクレーディの誤解は解けず、さらに30分ぐらいウジウジとタンクレーディの繰り言が続く。もちろんそれに音楽を付けているのだから構わないのだけど、このあたり、普通に考えれば自分を裏切った女のために戦うほどの人物とは思えないところである。そして、倒したサラセンの敵将の告白によってアメナイーデの潔白が証明され、「突然ですが問題解決、めでたしめでたし」という拍子抜けのプロット。こんなテキトーな筋運びとはつゆ知らず。まあ、そのあとのフィナーレの音楽がいいのだから、文句を言う筋合いでもないけど。

タンクレーディを歌ったマリアンナ・ピッツォラートという人、ずいぶんと小柄だ。主役たちのなかでは一番背が低いのではなかろうか。しかし、立派な体格。この深くて暖かい声にはこの共鳴体が必要なのかとふと思ってしまう。同役で聴いたバルッチェローナの場合は対照的な長躯だったが、その肉体的な差が音質にも影響するのだろうか。私はピッツォラートの声は好きな声だ。何とも言えない暖かみのあるトーン、先のアメナイーデに対しては剛毅の武将の面影がないあたり、不思議にマッチしてしまう。

第1幕のタンクレーディ登場のアリアから舞台は見違えるようになった。実はそれまでは今ひとつの印象が否めなかった。オーケストラはキビキビとロッシーニらしい流れの音楽だがいかにも堅い音で違和感がある。普段よりピットの位置が浅めなのも影響してか、(上手いことの裏返しになるが)木管楽器の音が大きく響いてバランスがよくない。自信なさそうに歌っている感じもあったコーラスの精度も高くない。アメナイーデの高橋薫子さん、アルジーリオの中井亮一さんの歌もなんだか窮屈な感じがした。でも、ピッツォラートが舞台に現れてからは、みんなコロッと変わった。眠気を感じていた私は完全に覚醒、そのまま幕切れまで。

今回の公演、主要キャストに穴がない。タンクレーディに人を得たことに始まり、高橋薫子さんは第1幕半ば以降は素晴らしい出来で、まさに事実上の主役に恥じない。中井亮一さんは父親役で老け役のメイクだが若い人のよう。高音が出る人で藤原歌劇団のポスト五郎部と期待されているのだろう。高音のクリアさを磨けば、そうなりそうだ。敵役オルバッツァーノを歌った彭康亮さんが思いのほか良かったので正直驚いた。お馴染みのバイブレイヤーぐらいにしか思っていなかったのに、しばらく聴いていないうちにずいぶんと立派になった。イザウーラとロッジェーロという正真正銘の脇役にもアリアが与えられていて、鳥木弥生さん松浦麗さんはしっかりした歌だ。ただ松浦さんのディクションの悪さは大きな問題で、6人のなかでかなり見劣りする状態、これは努力で何とかしてもらいたいものだ。

河内の田舎から、一夜明ければ花のお江戸、なぜか楠木正成を連想したりするが、西も東も以前に比べるとオペラの客の入りが少々淋しくなった。まあ河内長野は場所柄ということもあるが、東京でもこうなるか。これだけの内容の公演で、お値段もほどほどなのに、もったいない話である。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system