みつなかオペラ「マリア・ストゥアルダ」 ~ 423人の贅沢
2010/9/19

みつなかホール・川西市文化会館は、阪急宝塚線川西能勢口から5分、JR宝塚線(福知山線)川西池田から10分のところ、阪神高速池田線と阪急宝塚線が交差する猪名川沿いにある。猪名川が府県境なので、ここは兵庫県に入ったところである。川西市文化財団がここで開催する主催事業、みつなかオペラは今回が19回目、私はこれまでに観たことがない。

500名規模の中ホールで、ピットを設置すると423席、そこで昨年は「アイーダ」をかけたというのだから驚きである。もしもゼフィレッリの演出だったら出演者のほうが多くなりそうである。そして、今年から3年にわたるドニゼッティのオペラ・セリアのシリーズ企画がスタートする。3年目の「ランメルモールのルチア」はともかく、今回の「マリア・ストゥアルダ」、次回の「ラ・ファヴォリータ」は見逃せない。

みつなかオペラを見逃していたのは、このホールがほとんど宣伝しないからである。ホームページの掲載はあっても、情報誌に載ることもないし、オペラの公演会場でチラシを手にすることもない。地獄耳の友人ルートで知るだけという心許なさである。きっと地元ではそれなりに周知されているのだろうが、キャパシティの小ささもあって広域の宣伝は控えているのかも知れない。私は「徒然なる部屋」の主宰者に京阪神でレアもの公演があると情報提供していたのだが、メールが届かないのか関心がないのか、オペラ公演カレンダーに反映されることもないので、最近はそれも止めた。公演情報を収集するのも自助努力が基本、親切心で自分の首を絞めることはない。チケットは完売である。

マリア・ストゥアルダ:尾崎比佐子
 エリザベッタ:並河寿美
 レスター伯ロベルト:松本薫平
 タールボット卿:雁木悟
 セシル卿:花月真
 アンナ:白石優子
 合唱:みつなかオペラ合唱団
 管弦楽:ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
 指揮:牧村邦彦
 合唱指揮:岩城拓也
 演出:井原広樹
 装置:アントニオ・マストロマッティ
 照明:原中治美
 音響:小野隆浩
 衣装:村上まさあき

驚いた。これが関西での初演だと思うが、とりあえず上演しましたというようなレベルではない。作品の魅力を認識させるに充分な出来、どころか、ドニゼッティの音楽をドラマを心から楽しめる見事なパフォーマンスだ。出演者が軒並み絶好調で、それが相乗効果を生み、コーラスやオーケストラもしっかりと寄り添い、親密な空間と化した客席の反応も相まってヒートアップ、これは予想を遙かに超える熱気、わくわくする2時間半となった。そう、オペラはこうでなくっちゃ。この一体感はある意味で423人というホールの賜物とも言える。

最近の並河寿美さんの充実ぶりは素晴らしいものがある。オペラ冒頭のエリザベス一世の長大なアリアの圧倒的な訴求力、これが全ての始まりだった。いきなり聴衆のハートを鷲づかみにする歌の力、これで客席の温度が一気に高まる。それからは連鎖反応のよう。レスター伯の松本薫平さんのテノールは、彼としてもこれまでの最高のものではないだろうか。声の輝きに不足しないし、エリザベッタやマリアとの掛け合いの各フレーズにも気持ちがこもっている。

第二場になって登場する尾崎比佐子さんのマリア・ストゥアルダ、こちらにも正の連鎖反応が続く。ここは歌い手にとって優しい劇場だ。大きくない空間、声を張り上げなくても隅々にまで行き渡る。無駄な力が入らず声帯がリラックスするから、かえって声が出るし表現もぎくしゃくしない。それをわずか423人で享受するのは申し訳ない気もするが、これは密かな贅沢である。

第一幕フィナーレ、六重唱から続いてコーラスを伴いアンサンブルが拡大、そこでエリザベッタとマリアのすさまじい女の争いの末にカタストロフィーを宣するエリザベッタ、このあたりになると「そしてヴェルディに至る悲歌劇の世界」というシリーズのキャッチフレーズそのまま。両プリマドンナ一歩も譲らず大迫力である。

休憩を挟んだ第二幕も、息切れなしに幕切れまで。ここでは冒頭のエリザベッタ、レスター、セシルの三重唱が見事に決まって弾みをつけた。あとの場面のコーラスも立派な出来で、プリマドンナがエリザベッタからマリアに交代する後半になだれ込む。ほとんど一人舞台となる尾崎比佐子さんは最後まで緩むことなく歌いきった。彼女にしてもベストの歌唱だろう。カーテンコールの二人のプリマの表情や仕草にも達成感が窺えた。

牧村邦彦さんがみつなかオペラの実質的なプロデューサーということだろう。オペラの呼吸をわきまえた指揮振りには好感が持てるし、このシリーズや「蝶々夫人」ブレッシァ版上演への執念などにみるように、いい意味でのこだわりのある人だ。この規模の劇場で、きちんとした装置や衣装を揃え上演するには相当の困難が伴うことは想像に難くない。日本べーリンガーインゲルハイムやダイハツ工業という地元の著名企業が協賛しているとはいえ、予算が潤沢というわけでもなかろう。今回の素晴らしい成果をみるに、次への期待も高まる。スポンサーに感謝するとともに、引き続いてのサポートをお願いしたいものだ。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system