新国立劇場「アラベッラ」 ~ 地味めのオープニング
2010/10/2

手許に届く"OPERA NEWS"、9月号には恒例の International Forecast が載る。世界各地のオペラハウスのシーズン・ラインアップが網羅されていて、演目の多さとユニークさでは断然チューリッヒだなあとか何とか言いながら、ちらちらと眺めるだけで楽しい。ここに JAPAN-NEW NATIONAL THEATRE, TOKYO が記載されるようになったのは、もうずいぶん前のことだ。もちろんアメリカからの視点ではあるが、オランダ、デンマークあたりと同じぐらいのスペースを占め、オーストラリアやアルゼンチンには勝る。国内ではなんだかんだと言われながらも、外から見ると新国立劇場は立派にオペラシーズンとして認知されているということである。Yuzuru(Ikuma)なんて標記もあって、ご愛敬ではあるが。

さて、そのシーズン初日である。景気低迷の影響か、女性の装いにちょっと華やかさが欠ける気もする(きっと、そういう人たちはクソ暑い時期に思いっきり露出して外来オペラに行ったんだろう)。そして、舞台も同様、なんだか華やかさに乏しい印象がぬぐえない。

ヴァルトナー伯爵:妻屋秀和
 アデライデ:竹本節子
 アラベッラ:ミヒャエラ・カウネ
 ズデンカ:アグネーテ・ムンク・ラスムッセン
 マンドリカ:トーマス・ヨハネス・マイヤー
 マッテオ:オリヴァー・リンゲルハーン
 エレメル伯爵:望月哲也
 ドミニク伯爵:萩原潤
 ラモラル伯爵:初鹿野剛
 フィアッカミッリ:天羽明惠
 カルタ占い:与田朝子
 合唱:新国立劇場合唱団
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
 指揮:ウルフ・シルマー
 演出・美術・照明:フィリップ・アルロー
 衣裳:森英恵

華やかさに乏しい理由ははっきりしている。姉妹役がシーズンオープニングの主役に起用されるようなレベルではないということだ。アラベッラを歌ったミヒャエラ・カウネ、音の不安定さがあり、この役には欲しい声の豊麗さにもほど遠い。妹ズデンカはキーロールのはずだが、アグネーテ・ムンク・ラスムッセンは歌で演技でそこまでの存在感が示せていない。

相手役はよい。マンドリカのトーマス・ヨハネス・マイヤー、マッテオのオリヴァー・リンゲルハーン、それぞれのキャラクターに似つかわしい。田舎貴族マンドリカのパワフルなところと野卑なところ、単細胞軟弱男のマッテオという面はよく出ている。ただ、ひょっとしたらシュトラウスが求めていたかも知れないノーブルさについては希薄だ。それでも姉妹の弱さを補う配役であり、上演の体をなさしめたのはこの二人、そして日本人脇役陣である。

妻屋秀和さん、竹本節子さんの両親役が出色である。影の薄い姉妹に対置すると存在感が顕著だ。アラベッラに振られる三人も舞台映えはしないものの聴かせる。フィアッカミッリという彩り役の天羽明惠さんは力みが目立つ。動きの多い役というせいもある。声質は合っているだけに回を重ねるといいものが出て来るだろう。

「ばらの騎士」の冒頭と同じく房事をあらわすホルンの叫びで始まる第三幕、音楽的なクライマックスがこの幕であるのは間違いないし、幕切れに向かってオーケストラは益々魅力的になる。ウルフ・シルマー指揮の東京フィル、今回はなかなかの出来である。

こうしてみると、今回の「アラベッラ」、姉妹役に人を得たならば、ずいぶんと素敵な上演になったのではないだろうか。もっとも、私はこのオペラは苦手。お話の荒唐無稽さ、感情移入が全くできない登場人物、なので余計にシュトラウスの技で練り上げた音楽で上手に騙してくれる歌手が必要だと思う。

ベッドで恋人を取り違えるということ自体が嘘くさいが、今回の姉妹役の外見や体格の違いだと、そもそもあり得ないことだし、いきなりハンディキャップを抱えた上演になってしまう。男の子として育てられ成人するズデンカというキャラクターも私の想像力の埒外だし、永年そのことを何とも思わない姉の神経も理解できない。だから、大詰めの相互理解のハッピーエンドなど全く信じられないということになる。人の痛みに対する感受性に欠けたアラベッラという人格、「売られた花嫁」のカップル同様の違和感に通じるものがある。

現代人には何とも理解しがたいお話だから、今から遠く離れた時代や場所に設定したほうがよい。時代設定を現代に近づけた演出は解せない。衣装デザインが考えやすいようになどとの演出家コメントがプログラムに載っていたが、何をか言わんや、本末転倒だ。

幕間の休憩をしっかり取っていて、25分とちょっと長め。来るたびにホワイエなどの様子が少しずつ変わる。ホワイエにテーブルや椅子が置かれるようになったのは前のシーズンからだと思うが、それだけ高齢者が多いのだろう。一時間以上座っているのだから、幕間には歩きまわったほうがいいのにとは健常者の論理なんだろう。

バーコーナーにはオープニングらしく各種のスパークリングワインが並んでいたが、「アラベッラ」なんだから、ミネラルウォーターを置くぐらいの洒落っ気もほしい。もっとも、そうすると単価が下がって営業面ではマイナスだけど。

10月値上げの直後で喫煙者も減ってはいるが、スペースもずいぶん限定された。そこで必ずお目にかかった若杉さんのことを思い出す。そう、この日は尾高監督の初日でもあるのだ。私自身は何度も来れるわけではないが、さて、どんなシーズンになるのだろう。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system