びわ湖ホールの「アイーダ」 ~ そうか、V9+1
2011/3/5

ダブルキャスト、日曜日は用事でもともと聴けないのだが、そうでなくても私は迷わずこちらを選ぶ。びわ湖ホール、プロデュースオペラ初日の土曜日である。明日は完売のようだが、今日は8割方の入りというところ。

アイーダ:並河寿美
 ラダメス:永田峰雄
 アムネリス:小山由美
 アモナズロ:黒田博
 ランフィス:佐藤泰弘
 エジプト国王:片桐直樹
 伝令:二塚直紀
 巫子:中嶋康子
 バレエ:谷桃子バレエ団
 合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル、二期会合唱団
 管弦楽:京都市交響楽団
 指揮:沼尻竜典
 演出:粟國淳
 装置・衣裳:アレッサンドロ・チャンマルーギ

進境著しい並河寿美さんがアイーダを歌う。昨年のエリザベッタ(ドニゼッティ「マリア・ストゥアルダ)の出来に驚いた私としては期待大である。西宮の蝶々さんを歌った頃とは比べものにならない。もはや関西のプリマである。スポーツでもそうだが、ある時期に飛躍ということがあり、彼女はまさにそのタイミングではないかな。

小山由美さんは昨年秋のびわ湖のイゾルデだ。音楽監督が若杉さんから沼尻さんに替わってから大津の常連のようになっている。本来のメゾ役のアムネリスだから、こちらも期待できる。

そしてもう一人、永田峰雄さん、10年ほど前になるが、新日本フィルがコンサート・オペラで「ナクソスのアリアドネ」を上演したときだ。幕切れ近くで登場するバッカスの輝かしい声を耳にして、「あれは、誰なんだ!」と思ったのが最初だった。以来、聴く機会には恵まれないが、ラダメスにはうってつけかも。

ということで、主役三人が赤丸印ということで、いそいそと大津に向かう。お水取りの時季はいつも寒の戻りとなるが、湖水の向こうに見える比良や伊吹は白いものの、風は弱く、思ったほどの寒さはない。

ふふふ、読みどおりである。日曜日のキャストは大体どんな演奏になるか見当がつくが、こちらは見当をつけた水準を超えるものなので嬉しい。

並河さんのいいところはアリアの部分だけでなく、レチタティーヴォの部分もアンサンブルの部分も陰影がはっきりして、全体としてのドラマを感じるということだ。タイトルロールだから牽引する責任があるので当たり前だけど、ややもすると「アムネリス」になってしまうオペラが、今日は間違いなく「アイーダ」だった。アンサンブル、それにコーラスやオーケストラの厚みが加わわっても、それを突き抜ける声の出し方を、彼女は最近体得したのかと思う。大きな声というほどでもないし、決して張り上げてもいない。余裕部分を確保して、美しく情感豊かに大ホールの客席に届かせるというのは技術である。

彼女は昨年末の新国立劇場の「トリスタンとイゾルデ」では、イレーネ・テオリンのカバーキャストだった。つまり、第2幕第1場のラダメスを巡る恋敵の対決は、イゾルデ同士の一騎打ちということだった。ここは、なかなか聴き応えがあった。実は、アムネリスの小山さんは第1幕ではやや生彩を欠くというか、声の幅が感じられないのでおやっと思っていたが、この場面では本領発揮である。

面白いのは小山さんの場合、チェンジ・オブ・ペース、第4幕の独り舞台は力のこもったもので、つまり第2幕と第4幕に集中、そのほかではちょっと力を抜いてという印象を受けた。それもあって、「アムネリス」じゃなくて「アイーダ」になったわけだ。まあそんなことが素人に判るというのは、あまり感心したことでもないだろう。ツボをきっちり押さえるということで頭のいい人かと思うが、バカがつくほうがイタリアオペラの興奮を呼ぶこともあるし、難しいものだ。

幕開きのアリアが決まると、このオペラは波に乗る。はらはらするようなテノールだと正直なところ楽しめない。あのときのバッカス、やはりいい声だし安心だ。癖がなく強く明るく伸びる声、ダブルキャストの福井敬さんもいいのだが、永田さんのほうがイタリア・オペラには合う。ときに福井さんに感じるスタイルの違和感もない。

アモナズロの黒田博さんは悪くないのだが、いくら激烈なキャラクターとは言え、ヴェルディの音楽が自ずと身に纏うカンタービレを犠牲にするような歌い方はどんなものか。ランフィスの佐藤泰弘さんは、私には全く声の魅力が感じられない。エジプト国王の片桐直樹さんとは対照的である。

脇役まで含め全てベストとは言えないが、このオペラは女声二人とテノール、このポイントが押さえられたら半ば成功、そして三人が予想を裏切らないパフォーマンスだったから、いつもの最安席を買い損ねたのだが悔いはない。

他のことにも触れると、沼尻さんのアンサンブルの部分での性急さはどうもねという感じだ。歌詞が字余り寸前の箇所がいくつもあった。どうしてあんなにセカセカと音楽を進めるのだろう。キビキビとした流れを目指しているのかとも思うが、声の生理と相容れないところもあるのでは。一点一画をゆるがせにせず、タメを活かしつつ緩急のリズムをつくるのが自然だと思うのだが、沼尻さんはそんなことに頓着せず、さっさと先に進めてしまうように感じるときがある。あれは舞台の人たちには、けっこう歌いにくいんじゃないだろうか。

舞台には縦長の壁のユニットやスフィンクスの横顔を模したような平面的なモジュールが配されて、これらを置き換えつつ各幕を構成している。全4幕で休憩が3回、しかも第4幕では場面転換でしばらくインターバルがあるという状態だ。四面舞台のびわ湖ホールなら途中休憩1回でも上演が可能なのに、ユニットの置き換えを幕の向こうでやっているのだ。神奈川県民ホールとの共同制作という事情もあるし、潤沢な予算がないということが大きいのだろう。

しかし、みすぼらしい舞台かと言うと、そんなことはない。抽象的な装置でありながら壁の材質感もあるし、斜めに区切った舞台を隔てる巨大なカーテンは素敵だし、ナイルの岸辺も雰囲気は出ている。そして、装置よりも衣装のほうにお金を回したという感じもある。衣装はなかなか綺麗だ。もっとも坊主頭の鬘がいっぱい並ぶと、場所柄もあって叡山の僧兵を連想してしまうし、ラダメスの鬘はアフロというよりも螺髪みたいだ。このあたり、どこまでが演出家の仕事で、どこからが衣装・装置担当の仕事か私には判らない。これは演出家の領域だが、人の動きや振りは極々ありきたりで、センスを感じるところはない。一方で、今回のバレエはなかなかしっかりしたものだ。

プログラムに加藤浩子さんが書いていたのだが、今回の「アイーダ」がびわ湖ホールプロデュースオペラのV10になるようだ。言われてみるとそのとおりで、V9、つまりヴェルディの本邦初演(「ドン・カルロ」イタリア語5幕版も含む)を若杉さんが9年続けたあと、少し間があり、10作品目が「アイーダ」となったということ。もちろん、私はV9皆勤賞。でも、若杉さんがおっしゃっていた初演10作目候補だった「レニャーノの戦い」でないのが少し残念ではあるが…

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