リーブライヒ/大阪フィルの「アレクサンドル・ネフスキー」 ~ 年寄り一枚!
2011/5/19

そうそう、今日は大阪フィルの定期があっ30分前、いつもはギリギリだけど、ちょっと早めの到着だ。当日券売場には30人ほどの列ができている。でも、慌てることはない。売り切れるはずもないプログラムだ。悠々とシニア券をゲットできるはず。
 並んでいるのはそんな人たちがほとんど、ほのかに加齢臭が漂ってきそうな感じだが、私の前にはピチピチの女子大生二人連れ、学生証を取り出して学生券1000円。続く私は窓口で、運転免許証を差し出し、「年寄り一枚!」

野口英世博士と引き替えに渡されたのはA席6000円の2階席正面のチケット、おっと。昨年度の初め、大阪フィルがシルバー券をシニア券と改め対象年齢を64歳から60歳に引き下げた。そのときに楽団のホームページで告知されたが、いまサイト上には見当たらない。もちろん制度は継続しているのだが、知れ渡ってしまうと困るところもあるのだろう。晴れて還暦、嬉し恥ずかし、シニア券初体験。

プロコフィエフ:古典交響曲ニ長調作品25
 モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番ニ短調K466
 プロコフィエフ:カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」作品78
   指揮:アレクサンダー・リーブライヒ
   ピアノ:ピョートル・アンデルシェフスキ
   アルト:小山由美
   合唱:大阪フィルハーモニー合唱団

変わったプログラムだ。モーツァルトをプロコフィエフで挟む。ピアノあり声楽ありで、てんこ盛り。これもサービス精神なのかな。実際に聴いてみると前半のプロコフィエフとモーツァルトはそんなに違和感はない。「古典」交響曲と称するのだから、見かけのスタイルはモーツァルトと並べてもフィットするのだろう。この演奏はすっきりと溌剌としたもので好感が持てる。このリーブライヒという若い指揮者が前回大阪フィルに客演したときは聴いていないが、悪くない。

という具合に古典交響曲はよかったのだが、予想どおりモーツァルトは子守歌と化してしまった。「アマデウス」のエンディング(第2楽章)になるともうだめ、どうして昼間の疲れが出る休憩直前にコンチェルトを置くのだろう。ピョートル・アンデルシェフスキというピアニストは指揮者と年格好も風采も似ている。激しく自己主張するタイプではないようだ。どちらかと言えば音楽に沈潜するタイプか、アンコールに弾いたバッハ(フランス組曲第5番のサラバンド)のほうに特質が出ているような気がした。

そして後半プログラム、打って変わって舞台上は鈴なりだ。コーラスはもちろんだが、オーケストラの人数が半端じゃない。弦も倍増に近いしパーカッションに至っては下手壁際に犇めいている。そして当たり前だが、出てくる音が前半とは比べものにならないほど大きい。

この作品、中世ロシアの英雄、アレクサンドル・ネフスキーを描いたセルゲイ・エイゼンシュテインの映画に付けられた音楽とのこと。ノヴゴロド公国を率いスウェーデンやドイツとの対外戦争に勝ち続けた英傑の対独戦、湖上の戦いを描いたもののようだが、その映画は観たことがない。ソビエト時代の軍隊動員で製作した国策映画なんだろうか。

まあ、音楽ははっきり言って駄作。そりゃあ無理はない。フィルムに合わせて音を付けるわけだし、作曲家のイメージに合わせて台本やシーンを創るのではないもの。せっかく力を入れて書いたのだから、映画を離れてカンタータとして再構成という気持ちはよく解る。しかし、出自がそういうことだから自ずと限界が見える。それにドラマの流れや緊密性をカンタータに盛り込むのはしんどい話だ。と、プロコフィエフには同情的になるが、例の社会主義リアリズムの悪しき通俗性を絵に描いたような音楽というのも否定しがたい。映像あってなんぼの域を出ない。

全部で7曲、敵軍の襲来、すさまじい戦闘、鎮魂、勝利の凱歌とお決まりのパターンで、小山さんの歌は第6曲だけ。死者を悼む深い情感のソロで聴き応えがある。これだけを聴けばいいという感じもする。いちおう譜面台は置いていたがあまり見ている風はない。そりゃそうだ。見ながらでは立派な歌になるはずもない。

私にとっては珍しい作品を聴けたことは収穫なのだが、どうしてこれをプログラムに入れたのだろう。リーブライヒという人はドイツ人である。中世の史実を題材にしてはいても、作曲された1938年というのは、その後に起きたことを思えば微妙な時期だ。しかもドイツ軍の大敗北を描いた作品を、傑作というならともかく、客演の演目に選んだ理由を聞いてみたいものだ。ここが日本だから演奏できるのかな。ドイツ国内で取り上げるのには抵抗があるんじゃないかな。まあ、アバドやムーティといった指揮者がニューイヤーコンサートで(イタリアが負けた際の)ラデツキー行進曲を平気で演奏しているのだから、私が考え過ぎかも。

この演奏ではシンフォニーホールの舞台奥、パイプオルガンの両脇の壁に歌詞が投影された。あそこに字幕が出たのは初めて見た。字も大きくて見やすい。これは新機軸かも。歌付きのものは、ずっとこれでやってほしいものだ。

終演後、無料ロッカーから荷物を取り出すとき、高齢のご夫妻の会話がふと耳に入る。
「かわった曲やったわねえ」
「国策音楽、まあ『愛国行進曲』みたいなもんとちゃうか」
ん、「愛国行進曲」、そうか、「見よ東海の空明けて…」というあれ、なるほど、言い得て妙。さすがにシニア券すべり込みの身としては、その時代を経験していないが、調べて見ればこちら1937年12月の発表、ぴったり「アレクサンドル・ネフスキー」と重なるではないか!

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