関西二期会「つばめ」 ~ 駄作か、佳作か
2011/5/28・29

このオペラを観るのは24年ぶり、ほぼ四半世紀だ。ただ一度の舞台に接したのは1987年のニューヨークシティオペラ、日本初演が行われる前のこと。それほどのレア演目、客席のほとんどの人にとっては初めてのオペラかも。

「マノン・レスコー」の前の2つの初期作品はともかく、プッチーニのオペラで不遇をかこっているのは、これが極めつけ。どんな演奏になるか、過大な期待は抱かないが、とにかく行く。次はいつかわからない。ということで、台風も近づくのに連日の尼崎。土曜日を聴いた人は、「プッチーニにも駄作があるんだなあ」という感じだろうし、日曜日を聴いた人だと、「プッチーニの佳作なのに、何故もっとやらないんだろう」というところかも。同じ舞台なのに全く印象が異なる。ダブルキャストの片方で論じてはいけない。

マグダ:平野雅世/上村智恵
 ルッジェーロ:根木滋/小餅谷哲男
 リゼット:四方典子/日紫喜恵美
 プルニエ:馬場清孝/越野保宏
 ランバルド:細川勝/大谷圭介
 イヴェット:山守美由紀/柳瑠見子
 ビアンカ:湯川夏子/中野綾
 スージー:谷田奈央/菊池美穂子
 合唱:関西二期会合唱団
 合唱指揮:中村貴志
 管弦楽:大阪交響楽団
 指揮:寺岡清高
 演出:中村敬一

ひとことで言えば、死なないヴィオレッタ(椿姫)、それがヒロインのマグダである。第1幕は「蝶々夫人」の第1幕、第2幕は「ボエーム」の第2幕から引っぱってきたような音楽が随所に出てくる。開幕のオーケストラはバタフライとそっくりだし、そのオペラと同様に手紙の場面もあるが、シャープレスとの会話と比べたらあまりにも詞も音楽も凡庸だ。「ボエーム」のカルチェラタンの場面と第2幕の近親性は言わずもがなだし、二組のカップルの重唱がアンサンブルに発展していくところは同工異曲だが前作を凌ぐものではない。この作品がプッチーニのスランプを象徴するのは、前の余韻はあっても後への萌芽が見当たらないこと。創作力の枯渇なのか、インスピレーションを刺激しない台本のせいなのか。かと思えば、詩人プルニエが創造力をかき立てられる女性の名前を連ねるときの「サロメ」では、シュトラウスを思わせる響きになる。シュトラウスも「無口な女」でプッチーニのパロディをやっている。こんなどうでもいいところに目(耳)が行くのも作品の低調さの証かも。

初日の演奏はちょっとしんどかった。開演が15時とばかり思っていたら16時、オペラのあと京セラドーム大阪で交流戦ナイター観戦と、チケットを確保していたのに、これでは試合開始に間に合わない。短い三幕オペラなのにご丁寧に休憩は二回もある。いまいちの上演だし、盛り上がらないに決まっている第3幕は省略とも考えたが、片や年間144試合、片や四半世紀に一度だから我慢する。この土曜日の上演、「つばめ」はやはり凡作、失敗作そのものという印象だった。それが、日曜日になると一転、傑作とは言えないまでも、そこそこの佳作ではないかと。こういう微妙な作品だと、演奏による生き死にがはっきり出る。

このオペラの主役はマグダということになる。いっときの夢が覚めてパトロンのもとに戻る彼女を指す「つばめ」は女性名詞だからタイトルロールだし、唯一有名なアリアもある。だが、このオペラのキーロールはプルニエではないかな。狂言回しの役割で全三幕にわたり出番が多い。歌ばかりか芝居も達者でないと務まらない役だ。今回の馬場清孝さん、越野保宏さんの二人は、演技はともかく歌唱面では物足りない。幕開きにはマグダのアリアを導き出すソロがあるし、アンサンブルの要でもある。終幕に至っては突然高い音域を出さなければいけない。バイプレイヤーのテノールで済ませる役ではない。もっとも、主役を喰ってしまうのも考えものではあるが。

初日にマグダを歌った平野雅世さんは、既に色々な役をこなしている人のようだから、何かで聴いているかも知れない。冒頭のアリアもそつなくこなしていたが、この歌の最高音の繊細さには不足気味、すぐ下の音域は奥行きもあるのだが。二日目の上村智恵さんのほうが断然いい。まだ若い人でこれからキャリアを築いていく人、伸びて行きそうな気がする。拍子抜けのようになってしまうはずの第3幕の歌が立派、幕を追うごとにどんどん良くなる。まさか、この唐突な幕切れが本当らしく聞こえるとは…。奈良の出身の方のよう。応援しなくちゃ。

初日にルッジェーロを歌った根木滋さんはいただけない。いい声を持っている人だ。ただその使い方を心得ていない。単語どころか文節単位にクレッシェンドとデクレッシェンドが付いたような発声である。したがって隙間が無数にできる。石畳を走る車のようで、耳障りも甚だしい。最後の二重唱あたりだと気にならなかったので、レチタティーヴォに近い部分にその傾向が強い。工学部卒ということだから基本のところが充分でないのかも。声の良し悪しは天性のものだから如何ともしがたいが、テクニックは習得できる。二日目の小餅谷哲男さんはさすがにベテラン、しかもこの日は好調、声だけなら根木さんかも知れないが、安心して聴ける。

プルニエの相手方のリゼット、どうってことのない役だが、日紫喜恵美さんが歌うと俄然生彩を放つ。初日の四方典子さんが悪いわけではないが、舞台上での存在感がまるで違うし、声の出方自体が1ランクも2ランクも上だ。アリアドネに対するツェルビネッタほどの位置づけではない役なのに、ほとんどそれに近いものを感じさせる。舞台に芯ができる。もはやベテランの域だがまだまだ健在。そう、このレベルの歌い手をプルニエに配するべきなのだ。

オーケストラとコーラスも二日目はずいぶん良くなった。初日がもやっとした状態だとすれば二日目にはしっかりとフォーカスが絞られた。土曜日がゲネプロではないはずだが、そんなに多くのリハーサルをこなしている訳ではないだろうし無理ないかも。中村敬一さんの演出は奇をてらうものではなく常識的、(たぶん)限られた予算のなかできれいな舞台を創っていた。

と、土曜日だけなら、久しぶりのオペラなのに…で終わったところだが、日曜日でリカバリーで、よかった、よかった。もし次も二十数年後だったら、この世にいるかどうかの老いぼれだもの。

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