大津の「ウィンザーの陽気な女房たち」 ~ もうひとつのファルスタッフ
2011/7/18

男がほんとにだらしないのに、日本女性のあの強さはいったい何なのだ。驚嘆、感服、祝ワールドカップ優勝! ひょっとしてとは思ったが、まさかだ。山登りでもないのに3時起き、昨夜は早寝だったが、延長戦と表彰式まで観たら朝の一眠りの時間が短くなってしまった。今日のびわ湖ホールはあぶないぞ。

台風の前触れの雨の中、びわ湖ホールに着いたら場違いなジャリンコだらけ、大ホールではディズニーのイベントがあるようだ。席まで取り外して舞踏会をやるところもあるから、対象こそ違え目的外使用ということでは同じようなものかな。この子たちや若いお母さんたちの目にはオペラハウスはどう見えるだろう。まあネズミしか残らないような気もするが。

公演のチラシ

サー・ジョン・ファルスタッフ(好色な大食漢):大澤建
 フルート氏(ウィンザー市民):迎肇聡
 フルート夫人(フルート氏の妻):岩川亮子
 ライヒ氏(フルートの隣人):相沢創
 ライヒ夫人(ライヒ氏の妻):森季子
 アンナ・ライヒ(ライヒ氏の娘):中嶋康子
 フェントン(貧しい青年):古屋彰久
 カーユス(医者):林隆史
 シュペアリッヒ(金持ちの息子):二塚直紀
 宿屋の女:田中千佳子
 合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル
 管弦楽:京都フィルハーモニー室内合奏団
 指揮:大勝秀也
 演出:中村敬一

もうひとつの「ファルスタッフ」を観るのは初めてだ。なかなか上演されないだけに、貴重な機会でもある。これは「びわ湖ホール オペラへの招待」と称するシリーズ、若手歌手中心の中ホールでの公演、値段も安く設定されている。そのせいか、馴染みのない演し物なのに満席に近い。こちら、前日は西宮の「こうもり」、西に東に連日の劇場通い、いろいろな面で対照的な公演だった。

びわ湖ホール声楽アンサンブルの人たちに活躍の場を提供するということでも意味のある公演だと思うが、こういうドイツ語の台詞入りの喜劇作品(西宮との共通点)の上演形態としては、台詞:日本語、歌唱:ドイツ語が自然ではないかと思う。西宮では両方とも日本語、大津では両方ともドイツ語と、全く逆のアプローチだったのが面白い。

ファルスタッフを演じる大澤建さんの歌唱が安定していて、オペラに芯が通る。この人は客演だ。最近の進境が目覚ましい二塚直紀さんはちょい役なので、ゲスト出演という扱いかな。その他のキャストはびわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバー、大津だけではなく他でもおなじみの人も多い。それぞれとても頑張っていることは判るのだが、万全の歌唱かというと、いささか距離があるのを感じてしまう。

こういう喜劇、お話は荒唐無稽で非現実的だから、そんな作り事を忘れて楽しむためには、歌には相当に高い完成度が必要だ。ドラマに凝縮力がある悲劇なら、歌唱に多少の疵があっても先に進んでいく。ところが、ブッファだと個々の歌唱の満足度が水準に達しないと、聴く側の集中力が持続せず、どこかで萎えてしまう。難しい。地の台詞もあるから余計にそうなる。

フルート夫人とライヒ夫人、ヴェルディのオペラのアリーチェとメグにあたる岩川亮子さんと森季子さん、全音域での安定感となると今ひとつの部分があるのが残念。ナンネッタに相当するライヒ氏の娘アンナを歌った中嶋康子さんは、声自体に魅力があり女声ではこの人が頭ひとつ抜けている感がある。

フルート氏の迎肇聡さんは聴く機会の多い人だが、なかなか壁を乗り越えられない印象がある。立派な声を持つ人なのに美しい響きにならないのが致命的に思える。力任せの単調さが顔を出し、歌の美感を損ねてしまうのがいつも気になる。昨年の「ボエーム」での堀内康雄さんの代役のチャンスも活かせなかった。いい素材だとは思うので、いつか瞠目する日が来てほしいものだ。びわ湖ホール声楽アンサンブルからは、二塚さんのように第一線に飛躍した人もいる反面、総じてあと一息のレベルであることは否定できない。こういう舞台上演を通じて成長していってほしいものだ。

私はシェークスピアの原作を読んだことはないが、二つのオペラを観ると細部の異同はあっても基本的に同じ話、ヴェルディもニコライも意外に原作に忠実なんだろう。ファルスタッフのところに変装で赴く旦那の名前がドイツ語ではBach(小川)、イタリア語ではFontana(泉)というのも可笑しい。金蔓ということならFontanaのほうが良さそうかな。ファルスタッフが懲らしめられるのは、原作では三度らしく、ニコライは原作どおりで、ヴェルディ(というかボーイト)はひとつ省略して二度、これは二度で充分だろう。このあたり、オペラにすると冗長感と凝縮感の境目にありそうなところだ。あんまり虐めちゃファルスタッフが可哀想だ。

平城遷都1300年を経た今、奈良県民としては終幕のファルスタッフは「せんとくん」に重なってしまう。角どころか斜めにかけた襷まで一緒ではないか。喜劇だからいいとしても、これからはあの格好を見て吹き出さないように気をつけなくては。

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