みつなかオペラ「ラ・ファヴォリータ」 ~ 大発見!藤田卓也
2011/9/24

梅田から20分、阪急宝塚線で川西能勢口に向かう。みつなかホール、昨年の素晴らしかった「マリア・ストゥアルダ」に続くドニゼッティ・セリア・シリーズの第2弾だ。前回のことがあるので期待はしていたが、まさか、これほどの大発見があろうとは。つい十日ほど前、ファン・ディエゴ・フローレスに代わったセルソ・アルベロがどうのこうのと言っていたばかりなのに、藤田卓也、見事な超高音を響かせるテノールがここにいる。

彼が超高音を含むアリアを決めるたびに満席400人あまりの客席はやんややんや、ピットの指揮者もオーケストラメンバーまで拍手喝采である。本来の看板、これまた見事な歌唱だったタイトルロールの並河寿美さんさえ霞んでしまうほど。

ときに強烈なフォルテで、ときに繊細なピアノで、しかも音楽の流れから浮くことなく繰り出すファルセットではない胸声の高音、紛れもなくイタリア・オペラの華である。さらに、この人の言葉の明晰さも特筆ものだ。イタリア語のシャープさがさらに加われば言うことなし。超高音の手前の音域に微かにかすれのような色合いがあるので、その上は苦しいのかなと最初思ったのだがとんでもない。薄雲の上には抜けるような青空が広がっていた。

出演者のオーディションなのか、いったいどこで見つけて来たんだろう。それにしても、ちょっと変わった経歴の人だ。本人のブログにあるプロフィールによれば、高校生まで甲子園を目指し野球一筋の生活を送っていたが、文化祭の催し物として運動部の友達4人でアカペラコーラスを披露したことがきっかけで大学より音楽を学び始めるとある。島根大学卒業、同大学院修了。その後ヨーロッパに渡りウィーンで研鑽、スロヴァキアの劇場などで活躍したようだ。ウェルテル、マントヴァ公爵、アルマヴィーヴァ伯爵、ロドルフォなどを歌っているらしい。まあ歌手なんだから、歌が声が素晴らしければ東京藝大である必要などないのだ。ただ、これだけのものを持っているなら、日本にいるのは惜しい。彼の才能を伸ばしていく舞台の機会は限られるからだ。来年に予定されているみつなかオペラの「ルチア」でもエドガルドを歌うかも知れないし、終幕の一人舞台の素晴らしさは想像に難くないにしても、この人にはもっと大きなステージが相応しいのではないかと思う。

レオノーラ:並河寿美
 フェルナンド:藤田卓也
 バルダッサーレ:片桐直樹
 アルフォンゾ11世:藤村匡人
 ドン・ガスパロ:小林峻
 イネス:小梶史絵
 指揮:牧村邦彦
 演出:井原広樹
 合唱指揮:岩城拓也
 振付:馬場美智子
 装置:アントニオ・マストロマッティ
 マエストロ・コッラボラトーレ:高橋三千
 管弦楽:ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
 合唱:みつなかオペラ合唱団
 バレエ:馬場美智子アカデミ・ド・バレエ

あまりに印象が強烈だったので、テノールのことばかり書いてしまった。自分でも珍しいこと。上演全体としても昨年の「マリア・ストゥアルダ」初日同様の高いレベルだった。アルフォンゾ11世を歌った藤村匡人さんの前半の出来が悪かった(長い旋律線を保てていない)のが疵と言えるぐらいだろう。

最近は東京での活躍も多くなったレオノーラの並河寿美さんは、いつもながら安心感をもって聴ける。この低い音域も要求される役はメゾ・ソプラノが歌うことも多いが、彼女なら全く問題ないところだ。一緒に観た友人が言うには、「並河さんはライバル役がいるときのほうがもっと凄い。エリザベッタにはマリア・ストゥアルダ、アイーダにはアムネリス、彼女がこの一年に歌った役と比べると、これはプリマドンナ・オペラだからなあ」と。なるほど、そういうところもあるなあ。とは言え、素晴らしかったことには違いない。

指揮の牧村邦彦さんがプログラムに書いているところによれば、昨年の「マリア・ストゥアルダ」に続いてクリティカル・エディションでの上演のつもりだったが、上演効果等の諸般の事情により慣習版の上演となったとのこと。ところがリコルディ社の楽譜はクリティカル・エディションに切り替わっており、慣習版の楽譜集めに一苦労したとのこと。上演機会の少ない作品ならではの事情があるようだ。ともあれ、以前聴きのがした「ラ・ファヴォリータ」の上演に初めて接したばかりか、予想もしなかった展開に久々の大興奮となった。400人の客席とは思えないほど(いや400人だからか)の長いカーテンコールが続いた。

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